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パソコンは基本的に一つの命令を与えられたら、それを繰り返しこなすことは得意でも、次に何をすれば良いのかを自ら考えることはできない。それを克服し『マスターの役に立つことをする』という曖昧な命令で自ら次にやるべき事を考えられる、つまり人間に近い思考を手に入れたのが現代のAIだ。
そうは言っても、私はここまで『何をするべきか』を広く考えられるAIを、他には知らない。ただ、今はそのことに関して深く追及している時間がないことは、良く分かっていた。好奇心を呑み込んで、彼の先導に従い走り続けていると、不意に
幾つ目とも分からない曲がり角を抜けた瞬間、唐突に人の話し声が聞こえてきた。いつの間にか不安を感じていたらしい身体は、自然と何もない空間を駆ける速度を早めていた。
「……っ!」
そこは、世界の終わりだった。
一度だけ、この世界の『外』をこの目で見たことがある。
動物も植物も、およそ生きているものは何一つとして存在できない場所。跡形もなく
今、目の前にあの時の世界の縮図が広がっていた。もちろん汚染はされていないから防護服をつけなくても、ガスマスクをしなくても私は生きていられる。でも、この空間から濃密な死の気配を感じ取れる程度には、私の感性も死んではいなかった。
「っ、おい!そこで何してる!危ねぇから入ってくんな!」
遺留品回収の作業監督をしていたらしい男性が、私の姿を見咎めて大声を挙げた。
「AICOのディアナ・ローゼンハイムです。私のサポートAIから連絡が行っていると思います。依頼遂行のため、探索の許可を頂きたいのですが」
恐らく五十代になろうかというその人は、私の姿に目を丸くしてまじまじとこちらを見詰めた。エンデに住んでいる人なら、そう珍しくはない反応だ。ただ、こちらも刻一刻と迫るタイムリミットに追われているため、じりじりと落ち着かない気持ちで彼の返事を待った。
「話には聞いていたが、本当にアンタみたいな若い嬢ちゃんが?……やめておけ。命は大事にしろよ。たかだか端末一個ぽっちだろう。中のAIはバックアップが取ってあるんだし」
「その、バックアップが存在していないタイミングのデータが必要なんです。エンデでは、回線の圧迫を抑えるために、一部の場所を除いて地上との同期が行われていません。我々が必要とするデータ……AIの記憶は、その端末の中にしかないんです」
私の気迫に押されたか彼は僅かに目を見張ったが、頑として首を振った。
「駄目だ。目の前でアンタみたいな若いもんを見殺しには出来ない」
「死ぬ気はありませんし、危なくなったら逃げます。そもそも、貴方に私の行動を制限することは出来ないはずです。何人たりとも、AICO職員の依頼遂行中の行動を妨げることはできない。理不尽な要求でない限り、AICO職員の要請を拒否することはできない。私は貴方に理不尽な要求はしていないし、貴方がたの手間を取らせるつもりもありません。通して下さい」
彼は苦々しそうな表情で私の言葉を聞いていたが、やがて肩をすくめるとヘルメットと軍手を私に投げて寄越した。
「心配して下さって、ありがとうございます」
そう、私が付け加えると、彼は他の作業員に合図してからこちらに向き直った。
「……ガス爆発だった。最近はAIが注意してくれるから、ほとんど無くなってたんだがな。一人は爆発に巻き込まれて即死。もう一人は爆発で崩れた足場の下敷きになって、結局死んじまった。俺も知ってる二人だ……良い、奴らだった」
そう言って、彼はぐいと私に頭を下げると、そのまま歩いて行ってしまった。
「本当に行くつもりですか、ディアナ」
「もちろん」
私が迷いなく頷くと、エレジーは困ったような笑みを浮かべた。
「貴方の視界を通して、ある程度の瓦礫の安全な箇所は把握しました。少しずつ進んで貰えれば、比較的安全な地帯を選んで探索できるようにナビゲートします。ただ、私が逃げろと言ったら、すぐに外に逃げること。他人の端末などより、貴女の身の安全を最優先にして下さい。良いですね?」
「は、はい」
その気迫と、さらりと告げられた予想の斜め上を行く能力に、私が呆気に取られて見上げていると、エレジーはふっと悪戯っぽく笑ってみせた。
「言ったでしょう?掘削作業に携わっていたこともある、と」
「……貴方って有能すぎよ」
私の言葉に微笑んで、エレジーはまた先に立って歩き出す。その背中を追い駆けながら、彼は間違いなく最高のパートナーだと確信した。
恐る恐る足を踏み入れた瓦礫の山は、角材や鉄骨が今にも崩れそうなバランスで頭上を覆い、当たり前だけれど足場もひどく悪かった。それでもエレジーが迷いなく歩みを進めてくれたから、私は思い切って歩き続けることができた。
「ユリアン・リッター氏が発見されたのは、この辺りだという記録がありました」
「ありがとう。ここからは手作業ね」
「……済みません。私も手伝えれば良かったのですが、小型の探索機は撤収されてしまったようでして」
私は軍手をはめながら、彼の言葉に苦笑した。
「貴方は十分過ぎるくらい働いてる。むしろ、これくらいは現場の人間に任せて
「はい。くれぐれも、危険になったら」
「分かってる」
私は頷いて瓦礫の中、小さなAI端末を探し始めた。
「アンネリーゼ!聞こえているなら返事をして!」
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