4-2

 パソコンは基本的に一つの命令を与えられたら、それを繰り返しこなすことは得意でも、次に何をすれば良いのかを自ら考えることはできない。それを克服し『マスターの役に立つことをする』という曖昧な命令で自ら次にやるべき事を考えられる、つまり人間に近い思考を手に入れたのが現代のAIだ。


 そうは言っても、私はここまで『何をするべきか』を広く考えられるAIを、他には知らない。ただ、今はそのことに関して深く追及している時間がないことは、良く分かっていた。好奇心を呑み込んで、彼の先導に従い走り続けていると、不意に人気ひとけが途絶えて何もない空間がぽっかりと目の前に広がった。か細い光が打ちっぱなしのコンクリートの中を反射するばかりで、私の靴音だけが高らかに響く。やがてコンクリートの壁も途切れて、むき出しの土が露わになり、ここは本当に『地下』なのだと今更のように自覚させられる。


 幾つ目とも分からない曲がり角を抜けた瞬間、唐突に人の話し声が聞こえてきた。いつの間にか不安を感じていたらしい身体は、自然と何もない空間を駆ける速度を早めていた。




「……っ!」


 そこは、世界の終わりだった。


 一度だけ、この世界の『外』をこの目で見たことがある。


 動物も植物も、およそ生きているものは何一つとして存在できない場所。跡形もなくじゅうりんされたボロボロの瓦礫の山の中で、ぽつぽつと家であっただろうものの残骸が見える。それが見渡す限りどこまでも広がっていて、そこは紛れもなく死の世界だった。


 今、目の前にあの時の世界の縮図が広がっていた。もちろん汚染はされていないから防護服をつけなくても、ガスマスクをしなくても私は生きていられる。でも、この空間から濃密な死の気配を感じ取れる程度には、私の感性も死んではいなかった。




「っ、おい!そこで何してる!危ねぇから入ってくんな!」


 遺留品回収の作業監督をしていたらしい男性が、私の姿を見咎めて大声を挙げた。


「AICOのディアナ・ローゼンハイムです。私のサポートAIから連絡が行っていると思います。依頼遂行のため、探索の許可を頂きたいのですが」


 恐らく五十代になろうかというその人は、私の姿に目を丸くしてまじまじとこちらを見詰めた。エンデに住んでいる人なら、そう珍しくはない反応だ。ただ、こちらも刻一刻と迫るタイムリミットに追われているため、じりじりと落ち着かない気持ちで彼の返事を待った。




「話には聞いていたが、本当にアンタみたいな若い嬢ちゃんが?……やめておけ。命は大事にしろよ。たかだか端末一個ぽっちだろう。中のAIはバックアップが取ってあるんだし」

「その、バックアップが存在していないタイミングのデータが必要なんです。エンデでは、回線の圧迫を抑えるために、一部の場所を除いて地上との同期が行われていません。我々が必要とするデータ……AIの記憶は、その端末の中にしかないんです」


 私の気迫に押されたか彼は僅かに目を見張ったが、頑として首を振った。


「駄目だ。目の前でアンタみたいな若いもんを見殺しには出来ない」

「死ぬ気はありませんし、危なくなったら逃げます。そもそも、貴方に私の行動を制限することは出来ないはずです。何人たりとも、AICO職員の依頼遂行中の行動を妨げることはできない。理不尽な要求でない限り、AICO職員の要請を拒否することはできない。私は貴方に理不尽な要求はしていないし、貴方がたの手間を取らせるつもりもありません。通して下さい」


 彼は苦々しそうな表情で私の言葉を聞いていたが、やがて肩をすくめるとヘルメットと軍手を私に投げて寄越した。


「心配して下さって、ありがとうございます」


 そう、私が付け加えると、彼は他の作業員に合図してからこちらに向き直った。


「……ガス爆発だった。最近はAIが注意してくれるから、ほとんど無くなってたんだがな。一人は爆発に巻き込まれて即死。もう一人は爆発で崩れた足場の下敷きになって、結局死んじまった。俺も知ってる二人だ……良い、奴らだった」


 そう言って、彼はぐいと私に頭を下げると、そのまま歩いて行ってしまった。




「本当に行くつもりですか、ディアナ」

「もちろん」


 私が迷いなく頷くと、エレジーは困ったような笑みを浮かべた。


「貴方の視界を通して、ある程度の瓦礫の安全な箇所は把握しました。少しずつ進んで貰えれば、比較的安全な地帯を選んで探索できるようにナビゲートします。ただ、私が逃げろと言ったら、すぐに外に逃げること。他人の端末などより、貴女の身の安全を最優先にして下さい。良いですね?」

「は、はい」


 その気迫と、さらりと告げられた予想の斜め上を行く能力に、私が呆気に取られて見上げていると、エレジーはふっと悪戯っぽく笑ってみせた。


「言ったでしょう?掘削作業に携わっていたこともある、と」

「……貴方って有能すぎよ」


 私の言葉に微笑んで、エレジーはまた先に立って歩き出す。その背中を追い駆けながら、彼は間違いなく最高のパートナーだと確信した。


 恐る恐る足を踏み入れた瓦礫の山は、角材や鉄骨が今にも崩れそうなバランスで頭上を覆い、当たり前だけれど足場もひどく悪かった。それでもエレジーが迷いなく歩みを進めてくれたから、私は思い切って歩き続けることができた。




「ユリアン・リッター氏が発見されたのは、この辺りだという記録がありました」

「ありがとう。ここからは手作業ね」

「……済みません。私も手伝えれば良かったのですが、小型の探索機は撤収されてしまったようでして」


 私は軍手をはめながら、彼の言葉に苦笑した。


「貴方は十分過ぎるくらい働いてる。むしろ、これくらいは現場の人間に任せて頂戴ちょうだい

「はい。くれぐれも、危険になったら」

「分かってる」


 私は頷いて瓦礫の中、小さなAI端末を探し始めた。


「アンネリーゼ!聞こえているなら返事をして!」


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