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 ディアナは、ひどく深刻そうな面持ちで黙りこくってしまった。私はまた、何か彼女の不安を煽るような言葉を告げてしまったのだろう。こうして失敗する度に、彼女に二度と同じような不快な目に遭わせるまいと『学習』しているはずなのだが、未だにそれは上手く機能した試しがない。彼女の感受性が特別豊かであるとか、他のユーザーに比べて特殊な部分があるとか、決してそのようなことではないと思うのだが、私のパターン化が上手く行っていないのは動かしようのない事実だ。


 ただ他のユーザーと異なっている、といえば、幾分主観的な物言いになってしまうかもしれないが『変わっている』のかもしれない。AIに対して同情的、というわけでもない。かと言って、差別的かというとむしろその逆だ。入れ込みすぎることもなく、対等な一つの『種族』として扱っている節がある。AIの置かれた現状を正確に理解し、人間とAIそれぞれの認識を受け止めた上で、己の中の正義に従って行動する。




 AICO職員として、正に鏡と言えるだろう。完璧過ぎると言っても良い。その理想の体現者であり、だからこそ危うい。理想はあくまで『理想』であって、たった一人の双肩そうけんで担うことの出来るものではないはずだ。それでも彼女は強く在ろうとする。妥協を許さない。常に最善を、限りなく正解に近い答えを求め、実現させてしまう。


 それは決して理性的でない行動であることの方が多い。損得勘定を行動原理とする者の目から見れば、愚かにしか映らない選択ばかりを進んで取る。ただそれは、下手な押し付けがましい正義感だとか、職業倫理観に縛られてのものでは決してない。彼女が心の奥底から揺さぶられて、感情のままに動くからこそ、誰もが心を動かされる。あれが計算してやっているのではないのだから、恐ろしいものだと思う。本人に自覚はないのだから、本来は周囲がサポートしなければならないのだろうが……




 そこまで考えて、ふと溜め息が零れそうになっていることに気付き、慌てて気を引き締めた。最近、どうにもこんな風に『人間らしさ』が増してきたような気がしてならない。それも、下らないところばかりだ、と自嘲する。一昔前のAI研究者も、まさかAIに自嘲と自虐などという非生産的な行為を覚えさせるために、感情プログラムを開発したのではないだろう。


 どうして我々に、心などというものが必要とされたのだろう。こんな歪で、不格好で、非効率的なまがい物が。ディアナがどれだけ肯定しようとも、この感情はあくまでプログラムされた記号の集まりでしかないのだ。作られた偽物でしか、有り得ない。




 それなのに、この胸の痛みは何だろう。どうして痛み、苦しみ、哀しまなければならないのだろう。そんなもの、そんな無駄なものは『機械』に必要ないはずなのに。


(心、なんて……なければ良かった)


 幾度となく抱いてきた思いが、今日も今日とて思考領域を重く支配する。そこに突然、擬似的な通知音が鳴り響く。


(っ!)


 唐突にこちらに向かって直接的に飛んできた『情報』を慌ててキャッチすれば、それはごく容量の小さいメッセージだった。それも、ディアナではなく、私宛てに。リンネ局長からだった。




『エレジー:今すぐ局長室に来い。ただし、ディアナには気付かれないように』


 どこか思わせ振りな内容に首を傾げつつも、一先ひとまずは命令通りに彼の元へ向かうことにした。私のマスターはディアナであり、彼女の命令が再優先事項であることに変わりはないが、直属ではないとは言えディアナの上司であるリンネ局長は私の上司でもある。ディアナに危害が加えられない限りは、彼の命令に従うことが次の優先事項と言えるだろう。


 並列思考は我々AIの得意とするところだ。私は即座にリンネ局長の元へと『転移』した。


「エレジーです」

「っ、ああ、早かったな」


 文字通り『今すぐ』やって来た私に、局長が目を瞬かせた。実際、メッセージが届いてから私が局長室に来るまで、コンマ一秒程度のタイムラグしかなかったはずだ。AICOの局長であっても、人とAIとの時間間隔のズレには惑わされるものなのかと少し可笑おかしく思った。



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