12
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『『ごめんなさいっ!』』
二人揃って頭を下げるゲルダさんとフリーデリカさんに、ドミニクさんは何もかもを理解したようで『そういうことなら、仕方ないよね』と寂しそうな顔で苦笑していた。
三人とも、ようやくお互いの本音が分かったことで、もう少し話をしようという雰囲気になったため、私達は大人しく引き上げることになった。もう、フリーデリカさんが逃げることもないだろう。
「本当に、これで正しかったのかしら」
「……正しいか、間違っているかなんて、誰にも分かりませんよ。特に、今回の件に関しては、色々な考え方を持っている方がいますから。すんなりハッピーエンド、というわけにはいかないでしょうね」
戦前に比べたら、よほど同性愛に対する偏見は薄くなったらしいが、それでも認めないという強固な姿勢を崩さない人は少なくない。
「ただ、私は貴女の判断を信じていますよ。ディアナ」
その言葉に顔を挙げれば、どこまでも真っ直ぐな信頼がそこにあった。
「彼らも、貴女の言葉に嘘がなかったから、心を動かされたのでしょう」
真剣な賛辞に何だか照れ臭くなったけれど、私は今度こそ視線を逸らさずに頷いた。
「ありがとう」
エレジーは柔らかく頬を緩めて頷いた。
「そう言えば、アベルのDOLLに関して気になったことがありまして」
「DOLL本体?」
「ええ。ご存知とは思いますが我々サポートAIには、これまで契約を交わした全てのマスターの電子刻印が刻まれています。
私は頷いた。長らく本契約など交わしていないので忘れ掛けていたが、AIと人間との間の契約を最も強い効力で証明するものが電子刻印だ。
「その教授の刻印を、あのDOLLに確認しました」
「えっ、どういうこと?」
早くも混乱し始めていた。あのDOLLはAIではなくて、あくまでそのボディに過ぎないのだから、電子刻印を刻むことはできないはずであって。
「私の言い方がよろしくありませんでしたね。私の中にある教授の電子刻印と、全く同じ形状をした刻印が、DOLLのボディ表面に刻まれているのを発見したのです」
「……それって、芸術作品に自分のサインを入れるみたいな感じ?」
「
つまりは、エレジーの元マスターはAI研究者として登録されているはずなのに、失われたはずの高度なDOLLを手作り出来る唯一の『人形師』でもあったということだ。私がパッと見ただけでも、人間とほとんど見分けのつかない、眠っているだけのように見える恐ろしいクオリティのDOLLだった。研究職の人間が、同時にそこまで高度な技術を持ち合わせているなんて聞いたこともない。
そもそも現代において、純粋な研究職として登録を許されている市民は数えるくらいしか存在しない。人々にとって役に立つ研究成果を定期的に挙げていなければ、すぐに研究職を剥奪されるのだから、非常に不安定な職だと言えるし道楽に
「その教授って、何者なのかしら……」
「私にも、分かりません。元より、何一つ分かっていなかったのです。踏み込むことを、最期まで許されませんでした」
目を伏せて呟いたエレジーに、私の方が踏み込むことを躊躇わされた。だから私は、何も手掛かりのない状態で考えても答えは出ないと言い訳して、強引に話を元に戻すことしか思いつかなかった。
「……それにしても、アベルさんがフリーデリカさんを好きじゃないって、最初に良く分かったわね。すごい迫力だったから、私は何も言えなかったわ」
「ああ、あれですか。最初の方はただの勘ですよ。揺さぶりをかけてみただけです。最終的に上手くいって安心しましたが」
事も無げに言い放つエレジーに、私はあんぐりと口が開くのを抑えられなかった。
「え、え?あんなに論理的に追い詰めていってたのに?」
「あんなのは、後付けの論理ですよ。心理戦、というやつです」
「AI相手に?」
「中途半端に、人間らしい感情を持ったAIだからこそ、ですよ。揺さぶりをかければ、人間よりもボロが出やすい」
淡々と言い放つエレジーに、あの時の冷たい凄みも十分に怖かったけれど、今の何ともないような顔をして並べている言葉の方が、ずっと恐ろしいもののような気がした。そんな私の心境を知ってか知らずか、エレジーがポツリと呟いた。
「ただ、アベルのフリーデリカさんを想う『心』も、ゲルダさんとフリーデリカさんの間にあったものも、どちらも愛だったのですよね」
「愛、だよ」
「なるほど」
理解しようと努めているような彼の声に、私は言った。
「頭で考えて理解しようとしないで。愛って、きっとそう言うものじゃなくて、心で感じるものだよ」
「心」
「うん」
彼は少しまた考えた後に、泣きそうな声で言った。
「貴女は、まるで彼のような事を言う」
初めて、エレジーの過去が、その生々しい傷口が私の前に晒された気がした。その『彼』は、いったい誰のことを指すのか。前のマスターの『教授』だろうか?それとも、ずっとずっと前に出会った人々だろうか。
貴方はいったいどんな一生を
ずっと知りたかった、知らなければならなかった、彼の過去へと繋がる糸口がそこにある。それなのに、その何一つとして問うことすらできないまま、私は呆然と彼の横顔を……その傷口を見詰めることしかできなかった。ただ、それだけ。
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