11-3

「っ、あなたは誰っ?」

「AICOサポート課の者です。Mr.フィッシャーの依頼により、誘拐された貴女の救出にあたり突入しました」


 あくまで『そういう設定』だ。そんなものが大義名分に過ぎないことくらい、十二分に理解している。しかしそうでもしないと動けない自分の立場が、時折ひどく窮屈なものに感じる。私の言葉は、我々の望んだ通りの効果を彼女に与えた。


「ま、待って下さい!ゲルダは悪くありません!」

「しかし、貴女のパートナーAIアベルが貴女を恋い慕うあまり誘拐を企て、それをゲルダさんが幇助ほうじょしたという……」

「違いますっ、アベルは私の望みを叶えてくれただけで、私がゲルダをっ」

「お嬢様っ!」


 私を追って地下に降りてきたゲルダさんが、大声で彼女を制止する。




「事前に、あれだけ話し合ったではないですか!アベルの働きを無駄にするおつもりですか。私の想いを、無碍むげにするおつもりですかっ!」

「違う、そんなつもりないわっ……でも、隠し続けて生きるのは、もう嫌なの!」


 ゲルダさんは、彼女の悲痛な叫びに、苦しそうな表情を浮かべて俯いた。


「ごめんなさい、ゲルダ。でも、これがやっぱり限界だったみたい」


 フリーデリカさんは、ゲルダさんの肩に手を置いて、そっと語りかけた。


「フリーデリカ様……」


 目を伏せて、微かに頷いたゲルダさんを閉じ込めるように抱き締めて、フリーデリカさんは決然とこちらを見た。




「見ての通り、私が好きなのはゲルダです。アベルは私の願いを聞き届けてくれただけであって、彼に咎はありませんし、彼と駆け落ちしたわけでもありません。ゲルダも、私が無理を言って押し掛けただけであって、彼女の意志ではなかった。そういうことにして下さい」

「……本当に、それで良いんですか?」

「えっ……」


 私の問い掛けに、フリーデリカさんが戸惑いの表情を浮かべた。


「フリーデリカさんが好いていらっしゃるのが、アベルさんではなくゲルダさんなのだろう、ということは何となく分かっていました。別に女性同士だからと言って、我々は気にしていませんよ。もっとも、貴女のお父上であるMr.フィッシャーは話が別でしょうけれど」


 その名前を口にすると、途端に二人の表情が暗いものになった。


「でも、そのままで本当に良いのですか?ずっと周囲に誤魔化して、嘘を吐いたまま生き続けられますか?そもそもフリーデリカさんは、男性を愛せるんですか?」

「っ、無理です。出来ません……」


 痛ましい表情で俯く彼女に、私は言葉を重ねた。




「でしたら尚更、少なくともドミニクさんには話さなくてはいけないことではありませんか?彼は貴女を本気で愛しています。彼と無理やりに、愛のない結婚をして、彼の人生も不幸せなものにするつもりですか?そんなの、誰も救われないっ」

「そんなこと、分かっています!あの方は、私には勿体もったい無いほどのお方です。だからこそ、面と向かってお断りすることが出来ませんでした。貴方が嫌いだから苦手だからと嘘を吐くことが、どうしても出来なかった!だから、こうして逃げたんです……っ」


「なら、嘘を吐かないで下さい。せめて、貴女を愛してくれる人のためだけでも良い。誠実でいて下さい……ドミニクさんは、貴女がアベルさんを、他の方を愛しているなら仕方のないことだと、貴女を不幸せにしてまで結婚を強いたくはないと言っていました。ただ、貴女に幸せでいて欲しいだけなのだと」

「そん、な……っ、私は。私はっ」


 フリーデリカさんの瞳から、一筋の涙が零れた。ああ、本当に綺麗な人だと、こんな時だというのに、どうしてかそんなことを思った。


「どうか、幸せになって下さい。貴女のような立場に、家柄にある人に、そんなことを言うのはひどく無責任なことなのかもしれない。それでも、貴女の幸せのために、どうか最初から諦めてしまわないで下さい。ドミニクさんと、きちんと話しましょう。それで、出来ることなら、貴女のお父上とも。もしも我々の手助けが必要ならば、いつでも同席致します。ですから、どうか、貴女の幸福を諦めないで下さいっ!」




 頭を下げて懇願しながら、いつしか私も泣いてしまっていた。そう、どうか諦めないで欲しかった。それが例え、世間から見たら救いようのない愚かな恋でも、自分が認めてやらなかったら、本当に救いようがなくなってしまう。愛することを、愛していることを、どうか否定しないで欲しかった。


「……これを」


 フリーデリカさんが、綺麗なレースのハンカチを私に差し出した。私は喉が詰まって、お礼も言えないまま受け取って、それで涙を拭った。綺麗な真白いハンカチに、みるみるうちに私の涙が吸い込まれて、重くシミがまとわりついていく。それが何故か、ひどく哀しいことのように思えて、後から後から涙が止まらなかった。


「ドミニクさんに、きちんとお話します」


 私はハッとして顔を挙げた。きっと、涙と鼻水でひどい顔になっているはずだった。


「私達を、彼の元に連れて行ってくれますか?」

「……はい!」



 涙に滲む視界の中で、彼女がとても綺麗に笑ったような、そんな気がした。






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