11-2

「……お嬢様は、一番大切な方と共に在ります。お相手は、恐らく貴方がたの想像している通りでしょう。私に言えるのは、それだけです」

「お話し頂き、ありがとうございます」


 私とエレジーは視線を交わした。今の会話は、当然記録を取ってある。証言は取れた。つまり、フリーデリカさんの潜伏先に踏み込む大義名分も出来た。きびすを返して部屋を出ようとした私達の背中に、アベルがポツリと言葉を投げかけた。


「……お嬢様を、どうかよろしくお願い致します」


 当然、彼女の幸福なんて、一介の公務員でしかない我々が確約なんて出来るはずもなかった。それでも私は、しっかりと彼に頷いてみせた。それだけが、私に持てる精一杯の誠意だった。それをエレジーも、とがめることはなかった。




「……ごめんなさい」


 元来た、お屋敷までの道のりを歩きながら、色々な感情が混ざりあった謝罪を零す。他にももっと言いようはあったのかもしれないけれど、他に相応しい言葉が見付からなかった。


「何を謝ることがあるのですか?」

「貴方に、汚れ役を押し付けてしまったから」


「AIのことは、AIにお任せ下さい。それに私は、貴方の力になるためにここに在るのですから。いつまでも役立たずでは話になりませんよ」

「貴方が来てから、何でも仕事がスムーズに進んでとても助かってる。むしろ私が貴方に恥ずかしくないパートナーでいなくちゃって、少し焦っているのかも」


 私の言葉に、エレジーが物言いたげな視線を寄越したけれど、私は構わず続けた。


「でも……ありがとう」


 エレジーは少し驚いたような表情を見せて、それから、花のほころぶような笑顔で頷いた。




 私達は、暫く黙ったまま歩き続けた。最近、こういうことが増えたような気がする。ただ、決して気まずい沈黙ではなくて、お互いの言葉を噛み砕いて呑み込んで、理解するために必要とされている時間なのだということは良く分かっていた。


「……貴方も、人同士の恋愛を推奨するようにプログラムされてるの?」


 先程から気になっていた疑問を、思い切ってぶつけてみる。


「それが、政府主導のAIプロジェクトの根本原則ですからね。ただ、我々恋愛型AIは、サポートAIと異なってそれが第一原則、存在意義ではありません。あくまで疑似恋愛、繋ぎでしかありませんが、確かに人と恋をするために我々は作られているのですから。ただ、だからこそ傷つきもすれば、本気で愛してしまうこともある。例えそれが『偽物』だとしても……ままならないものですね」


 そう言って、寂しそうな顔で微笑ったエレジーに、心臓がドクリと跳ねるのを感じた。どうしてそんなに、胸が苦しくなるような表情で笑うのだろう。無理をして笑わなくて良い、というのもおかしい気がした。彼が、今まで付き合ってきたマスターとの間に、どんなことがあったのか、具体的なことは何も踏み込んで聞けずにいる。だから、今だって、どんな言葉をかければ彼が救われるのかなんて、そんなことは分からなかった。




「……来たわ」


 タイミングに救われた、と言うべきか。屋敷からゲルダさんが出て来たことで、一気に場の空気が緊張感で引き締まる。既に尾行と突入の許可は局長から出ていた。さすがにその日の夕方に監視が入るとは思っていなかったのか、特に彼女は周囲を警戒することもなく歩いていく。方向的に明らかに彼女の自宅に向かっていて、私とエレジーは思わず顔を見合わせた。


「まさか、自宅ですか」

「そうみたい」


 途中でグローサリーに立ち寄って食料品を買う以外は、その後も彼女は目的地を変えることもなく、順当に家に辿り着いてしまった。


「どうします?」

「どうする、って……ゲルダさんが鍵を開けると同時に入るしかないでしょ」

「それなら五秒もありませんよ。合図したら走って……今です!」


 彼の言葉に反射的に飛び出して、ロックが解除された電子音と共に、彼女とドアの間に滑り込んでドアを大きく開け放していた。




「なっ、あなたは」

「夜分遅くに失礼します。家宅捜索の許可は下りていますので、勝手に捜索させて頂きます。よろしいですね?」


 彼女の答えを聞くこともなく上がり込んで、さほど広い訳でもない部屋の扉を一気に開け放つ。


「部屋にはいないわ」

「接続可能なDOLLを感知。反応は地下からです」

GJグッジョブ


 私は短く呟いて床に視線を走らせる。あった。不自然に敷かれたカーペットをめくり上げたところで、遅れて飛び込んで来たゲルダさんが悲鳴を挙げるのを無視して、ドンと床を蹴って地下への扉を跳ね上げた。ほとんど転がり落ちるようにして中へと降りて行くと、途中で抜け殻の美しい男性型DOLLを見掛けたが、今は構っている暇がない。微かな明かりの灯る部屋の中で一人の女性が座っていて、私の姿を認めると弾かれたように立ち上がった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る