11-1


「黙秘します」


 AICOに呼び出されたAIは総じて非協力的になる、という決まりでもあるのだろうか。そんなことを心の中でボヤきながらも確実に『合法的な』手掛かりは、彼しかいないのである。


「もう一度訊くけれど、本当にフリーデリカさんは貴方と駆け落ちしたの?」

「はい。その点に関しては先程も申し上げた通り、私がお嬢様の相手です」


「貴方もフリーデリカさんを愛してるの?恋愛型AIの仕事としてじゃなくて、本心から?」

「その質問が、捜査にどのように関係するのか疑問を禁じ得ませんが……まず、私は恋愛型AIとしてプログラムされたものではなく、子どもから大人になるまでの一生を支えるサポートAIプログラムです。ですので、お嬢様との恋愛は業務の一環には含まれません。本心です」


 悪質な冗談のようにしか聞こえないセリフを、目の前のAI……アベルは真剣な表情で語る。それはあまりにも真に迫っていて、ただ、私はAIの演技を見抜けるほどの観察眼を持ち合わせてはいなかった。




「嘘ですね」


 それまで黙って私達の不毛な会話を傍観していたエレジーが、あっさりと断言した。それがあまりにも当たり前のように断言されたため、私もアベルも揃ってポカンとした表情を浮かべてしまう。


「表沙汰にはされていませんが、サポートAIプログラムは人口増加を目論んだものであり、マスターが人との恋愛に興味を抱くように誘導するよう最適化されています。むしろそれが第一条件としてり込まれていると言っても良い。それが確実に実行されない不良品が出回るほど、AICOの生産ラインに穴はありません。恋愛型AIならばともかく、サポートAIの貴方がその存在意義に反する恋愛感情を抱くことは、根本的に不可能です。それが例えマスター自身の望みであったとしても、その存在意義に反すれば自我が崩壊してしまう」


 アベルは裏切り者でも見るような表情でエレジーを睨んだ。そんな視線はものともせずに、エレジーは淡々と語り続ける。


「ですから、少なくとも貴方はフリーデリカさんに対して恋愛感情を抱いていません。そして、恐らく彼女も貴方に対して恋愛感情を抱いていないと推測されます。何故なら、サポートAIプログラムは人同士の恋愛を誘導するもの……言ってしまえば、そういう風に『洗脳』するのですよ。因みに、その成功率の数字を知っていますか。九八%ですよ」




「嘘……」


 思わずそんな言葉が零れ、私はハッとして口を抑えた。ただそれは、逆にエレジーの言葉の信憑性を増すことになったようで、アベルはやり切れない表情で口を噤んでいた。そんな数字は知らなかった。そもそもサポートAIに、そんな根本原則が組み込まれているなんてことすら聞いたこともない。でも、それがエレジーの嘘ではない真実であることは、彼の言葉の端々に滲む背筋の凍るような冷たい怒りの感情によって、肌で感じさせられていた。


「そのフリーデリカさんという方が、その二%の壁を超えて貴方と道ならぬ恋に飛び込むというのは考えにくいですね。話を聞いている限り、意志の強い方ではあるようですが、押しに弱い方であるようです。だからドミニクさんとの縁談も断りきれずにズルズルと引きずってしまったのでしょう。ですから、今回の駆け落ちも相手の提案によるものと推測されます。まあ、ドミニクさんとの結婚が嫌だから逃げただけ、という可能性もありますが、そこまで彼を嫌っているという印象も受けなかったので」


 エレジーの冷静な分析に、私が尋問されているわけでもないのに、ひどく緊張させられた。




「さて、ここまで言われても、まだ否定しますか」


 観念したように目を閉じたアベルに、私は思い切って声を掛けた。


「お願いよ。フリーデリカさんの居場所を教えて欲しいの。彼女から居場所を教えるなと禁じられているわけではないでしょう?」

「……できません」


「このままだと、警察沙汰になるわ。そこまで大事になったら、貴方は責任を問われて最悪『廃棄』されることになる。存在が消えるのよ?貴方が無かったことにされるのよ?」

「構いません。私など、どうなろうとも。お嬢様は、幸せにならなくてはいけないんです……あの屋敷では、彼女は幸せになれない。それだけは確かです」




「本当に、このままで彼女が幸せになれると思っていますか。いつ見つかるかもしれないという不安を抱えたまま、このまま一生身を隠し続けさせるつもりですか」


 エレジーが硬質な声で叩きつけた言葉に、アベルは全身を強張らせた。


「何がマスターにとっての幸せなのか、決めるのは我々AIの役目ではない」


 冷たく突き放すような声の中には、どこか同情するような響きが含まれているようにも感じた。その不思議な柔らかさを感じ取ったのか、アベルは諦念の滲んだ表情を浮かべた。




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