13-2

「形式ばったのは好かん。単刀直入に聞くが、今回の件でディアナに変わったことは無かったか?様子がおかしい時があったとか、体調を崩しただとか」


 妙に確信を持ったような言い方が気になった。気になりはしたが、一先ず今回のディアナの行動を思い返してみる。特に変わった点は思い浮かばない。どちらかと言えば、私が発した問い掛けや言葉のせいで動揺させてしまっていたことの方が多い気がした。


「いえ、いつも通りであったかと。依頼の解決に全身全霊で挑み、要求以上の成果を出しているかと思います」

「ああ、さっきお前から届いたばかりの報告書にはざっと目を通した。問題はなさそうなんだが……これは、吹っ切れたと見て良いもんかな……」


 珍しく険しい表情で考え込むリンネ局長に、何か今日の一件にいつもと違う特殊な点などあっただろうかと思いを巡らせるが、やはり良く分からない。


「アイツもな、ああ見えて脆いところがあるんだよ。ディアナのことを完璧超人だと思ってる奴は多いが、そんなものは余所よそ行きに作られた強さでしかない。人間、強さだけで生きていけるほど、この世界は綺麗事だけで出来ちゃいないからな」


 彼の言わんとしていることは何となく察せられた。ただ、人間は抽象的で曖昧な言葉を好んで、ストレートで明確な言葉を使いたがらないから、時としてそれがもどかしく感じる。




「ま、大戦前から働いているお前さんなら分かると思うが……って、そんなおっかねえ顔をするな。AICOの局長なんて七面倒臭い役職に長いこといてりゃあ、イヤでもこの世界のしょうもない部分って奴は目につくもんなんだよ」


 もしかしたら、彼は自分の過去を把握している人物なのかもしれない。教授のことも色々と知っている可能性はある。そう思い、一気に目の前の人物の要注意度がアップする。


「っと、まあ、お前のことを何でも知ってるワケじゃないから安心しろ。今のはちょっとカマ掛けただけだ。もうちょい人間同士の駆け引きってやつを勉強しろよ。そういうの、ディアナは苦手だからな。お前が守ってやれ」


 どうにも『心』が読まれたような気がして良い気分がしない。自分が『人間』にでもなってしまったようで妙な感じだ。前にディアナが『局長は確かに良い人だけど、のらりくらりして掴みどころがない』と言っていたのはこういうことだろうか。それにしても、今目の前にしているこの男の底知れなさは何だろう。ディアナの言う『のらりくらり』にこの凄みが当てまるとは到底思えないのだが。




「あーもしかしなくても警戒させちまったか。良く怒られるんだよなぁ……まあ、その、あれだ。取って食おうってワケじゃねえから、楽にしろ。むしろ今回は、お前に忠告しておこうと思っただけだよ」

「忠告、ですか」


 半信半疑ではあるが、無駄に警戒ばかりしていても話は進まない。一先ず彼の意図を知りたかった。


「ああ。お前、ディアナのログに書かれている以外の過去に関して、どれだけ知ってる?」


 何も知らない、と言うのが正直なところだった。それを言うならば、ディアナも私のログに書かれていない過去のことは何も知らないはずだった。本人がそう言っていたのだから。そう考えると、私達は本当にパートナーとしてやっていくために必要な、互いのことを何もかも知らずにいるのだと今更のように気付かされた。


「何も、知りません」


 それは事実だけれど、この男の思惑と筋書き通りの台詞を読まされただけのような気がして、ひどくささくれだった気分にさせられた。案の定、リンネ局長は淡々と頷いただけで、私の言葉に一切コメントすることはなかった。




「ディアナは長いこと、恋だの愛だのって言葉に敏感になってた……いや、それは正確な言い方じゃねえな。過剰反応を起こしてた。酷い時には痙攣けいれんだの呼吸困難だのを起こして、意識を失ったのも一度や二度じゃない。まあ、それを除けば普段はそれを補って余りある業績を挙げてたから、上の連中もアイツを辞めさせることは出来なかった。でも、俺が独断でクビにした方がアイツのためなんじゃないかと、本気で考える程度には酷いもんだった」


 私は想像を遥かに超えたリンネ局長の言葉を、愕然とした思いで聞くことしか出来なかった。彼女の凛とした姿からは想像のつきようもない、ただ、それは紛れもない事実であることを、いつもの軽さを微塵みじんもかんじさせない局長の真剣な表情が物語っていた。



『恋は……もう、いいの』



 ふと、ディアナの言葉がメモリから呼び起こされる。私はあの時、何も知らずに彼女の傷を抉っていたのかもしれない。そう思うと、今まで彼女を、彼女の過去を理解することを後回しにしていた自分が、どれだけ愚かであったのかを突きつけられているような気がした。




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