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 義父ちち、ルイス・ローゼンハイムと私の間には、本当に些細なものだけれど血縁関係があった。そうは言っても、本当に血が繋がっているのかと問われれば答えに窮する程度には、遠すぎる血縁だった。それでも顔こそあまり似ていなかったものの、亜麻色の髪だけは本当の親子のようにお揃いで、それが私の自慢だった。だから、私は十三歳になった時に実の親子でないことを明かされた時には、戸籍を見せられるまでは信じることが出来なかった。


 義父も私も、同じ事故で家族を失った。大規模な地下の崩落事故で、数百人の犠牲者を出し、地下の強度見直しと地上の領域拡張の切っ掛けとなった。その中に私の両親と、彼の妻と娘がいた。皆、地下のその場所で生活していた。義父はAICOに勤めていて、仕事で地上に出ていたから無事だった。それでは私はどこにいたのか?私も、その場所に居た。私は数少ない『生き残り』の一人だった。義父の娘であるイリス・ローゼンハイムと私の運命を分けたのは、きっと運不運による偶然だけだった。




 政府の養子制度は発達している、と言えば聞こえは良いが、親を失った子どもを里親に押し付けることが一般化している。基本的に孤児院のようなものは存在しない。だから、義父が私を引き取ったのも、きっと彼の意志によるものではなかった。ただ、私はついぞ最後まで、彼の本当の気持ちを訊くことができなかった。


 怖かった。本当は、お前など要らない子だと。どうしてお前だったのだと、どうして娘ではなくお前が生き残ったのだと、そう思っているに違いないとすら考えていた。勿論、義父がそんなことを言ったわけではない。むしろ、私には勿体無いくらい大切に育ててくれた。彼に言われても、実の親子じゃないなんて信じられなかった程度には。




 そんな、彼から『要らない子』だと思われているだなんて被害妄想を抱いていたのは、きっと私の中に後ろめたさがあったからだ。私は彼が本当の親子ではないのだと確信した瞬間、私の中にあったのは失望や落胆ではなく歓喜だった。

 私は、義父に恋をしていた。


 いつからだったのかは、分からない。ただ、呼吸をするように自然に、それが恋であることを自覚した。もしかしたら、十歳の時に義父と同じAICOサポート課への配属を志願した時から、既に『そう』だったのかもしれない。配属されて二年は、そんなうわついたことを考える時間もないくらいに厳しい見習い期間をがむしゃらに駆け抜けて、そして初めて一人前の職員として認められた瞬間から、少しずつ何かが変わり始めた。




 職場での義父は、甘さの一切ない、冷たく厳しい上司だった。だから、私は誰にもコネで入ったとか何とか余計なことを言われずに済んだのだと思う。職場では周囲からやりすぎだと言われるくらいに私に対して手厳しかったけれど、家に帰ればいつものふにゃりとした優しい笑顔で私を甘やかす。きっとその別人かと疑いたくなるようなギャップは、世界から私を守るためのすべだったのだと思う。そのお陰で、私も職場と家との間にくっきりと線引きすることが出来たし、ストレスも少なかった。


 きっと最初は、私の知らない義父を知りたいと思っていた、単なる好奇心だったと思う。それがいつしか彼の見ている世界を、見てみたいと思うようになり、いつしか娘としてではなく一人の対等な『大人』としてその隣に立ちたいと願うようになった。そして、職場の上司としてのルイス・ローゼンハイムに恋をした。




 義父は仕事に対して手抜きや甘えを許さない人だったが、その反面きちんと成果を出せば正当な評価をくれた。それは、家での手伝いや良いことをした時に褒められるような、子どもの自尊心を満足させる安っぽいものとは全く違って、確かな達成感を与えてくれた。私はここに居ても良いのだと、私にもこの世界に存在するだけの価値があるのだと、その端的な『良くやった』という言葉と、微かな笑みが何よりも強固に私を肯定した。


 職場にいる時は、同僚として『ルイス』と呼ぶことが許された。そこにいる間は、私は彼に庇護されるべき義理の娘ではなく、将来的に彼の隣に立てる存在になり得る期待の新人でいられた。ただ、そう、錯覚していたかっただけなのかもしれない。




「ルイス、貴方のことが好きです」


 忘れもしない、十六歳の誕生日。久々に義父と帰り道が重なった私は、それまで誰にも言わずに秘め続けてきた想いを、真っ直ぐに伝えた。そうする以外に、自分の既に持て余しつつあった感情のやり場が分からなかった。義父は私の言葉に、困ったような笑みを浮かべた。


「君は、僕の娘だろう。ディアナ」


 ただそれだけを告げて、目を伏せた義父の横顔に、彼はずっと私の気持ちを知っていたのだと悟らされた。知っていて、知らないフリをしていたのだ。どんなに足掻こうと、どんなに背伸びをしようと、彼にとっての私は引き取った義理の娘でしかなかった。それ以上には、決して最初からなり得なかったのだと。


 それは世間の倫理観に照らせば、義父の言い分と考え方が正しいに決まっていた。だから私も、そんな『正しいもの』を盾に取られてしまったから、それ以上は何も言うことができなくなってしまった。

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