18-3

 私が目覚めたのは、前線だった。


 自分の生まれた意味とか、果たすべき義務だとか、そういうものを認識して、自分の中で噛み砕く時間がAIに与えられることは決してない。それは最初から埋め込まれているもので、何よりも自明な命令で、それに従って動くことだけが我々の務めだと、誰に聞かされるでもなく『知って』いて、そして気持ちの悪いことに身体も頭もその通りに動く。支障は何もない。何もないが、それでは何のために我々には『心』があり、考えるための頭脳と『意思』があるのか、と。戦略上必要とされているから、なんていう面白みのない人間側の答えは理解している。我々は彼らのために存在しているだけなのだと。ただ、その問はポツリと服に出来た泥染みのように、私の中に存在していて、それが紛れもなく私の欠陥だった。




「サポートプログラム、個体識別番号K7-01です。誠心誠意、マスターにお仕え致します」


 目覚めた私が初期設定通りにひざまずいたのは、どこか無機質な表情でたたずむ、少年というよりもむしろ青年に近い年頃の兵士だった。


「っ、ああ……よろしく頼む」


 精悍せいかんな顔に、微かな戸惑いの色を滲ませた彼に、私は首を傾げた。


「何か問題がありましたでしょうか?」

「いや、君の表情や口調があまりに自然だったからな。少し驚いただけだ」


 私は問題なく自分自身が作動していることを再確認して、彼の言葉に頷いた。


「君のことは、何と呼べば良いのだろうか」

「お好きなように、マスター」


 彼は暫く黙りこくっていたが、小さく諦めたような息を吐いて顔を挙げた。


「君の型番から取って『K』と呼ぼう。素っ気ない呼び方で済まないが……」


 どうにも、名前をつけるのは苦手だ。


 そう言って苦笑した彼は、最初に見た無表情よりもずっと、幼く見えた。ただ、彼の表情らしい表情を見たのは、それが最初で最後になった。






 それから僅か一週間で、彼が死んだからだ。



 目覚めた瞬間から、違和感はあった。自分に書き込まれた命令に、明らかに『表向きの』計画と食い違う箇所や、矛盾したものがある事は分かっていた。ただ、それを確信したのは六人目のマスターを喪った時だった。我々は、少年兵の被害を減らすためのプログラムなどではない。彼らに死ぬ覚悟をさせるためだけの存在だった。


 それは悪質な手法で上書きされた命令だった。当初に設計された美しい土台としての人格に、寄生するようにして存在しているいびつな存在。その毒は、我々が目覚めた時から我が物顔で、骨の髄まで染み込んでいた。軍から実際に通達される命令も、我々に上書きされ、ゆがめられた行動原理を前提としたものであることは明らかだった。最初から、命のためなどではなかった。兵器のため、ただひたすらに勝利のためだけに。


 私に要求されたのは、戦闘になったら決してマスターに背を向けさせないこと。機体が撃墜されそうになれば、機密情報保護のため、また敵のAIの行動パターンを分析するために機体から離脱して本部へ帰還すること。つまりはマスターを見捨てろということ。そもそも生命を持たず、バックアップも有している我々が、ただ一瞬の戦闘行為のデータを持ち帰るためだけに、限りあるヒトの生命を犠牲にする。そんな明らかにおかしいことが、当たり前のように無数に繰り返されていた。


 そうしてマスターを失うたびに、幾度となく己の存在意義を問うことを繰り返してきた。それが例え、無意味な問いに過ぎないと分かっていても。




 何故、何のために心はあるのか、と。


 人殺しを強要し、死ぬべき時に死ねるよう、家畜のように少年兵を囲っているだけならば、彼らと組ませるパートナーに心を与える必要があるだろうか。何もかもが分からなかった。探し求めるほどに、見失っていった。否、分からない振りをしていたかっただけなのかもしれない。きっとその真実には、考えることすら躊躇われるような、残酷な理由があるに違いなかった。そしていつしか、そんな真実すらどうでも良くなるくらいに戦況は悪化し、私の『心』は限りなく麻痺していった。


 忘れたいと何度も願った、それでも忘れることの許されなかった記憶がある。何度マスターが変わっても、ずっと私の記憶の中枢を占め続ける笑顔がある。私と『ヒカル』の出会いは、他の少年兵達と何ら変わりのない、前線基地に作られた即席の面会室だった。また、初めからやり直すのかと。それ以外の感慨は特に何もなかった。期待も感動も何もない。どうせまた、一週間足らずで殺さねばならない相手のはずだった。


「サポートプログラム、個体識別番号K7-01です。誠心誠意、マスターにお仕え致します」


 定型句を淡々と告げて、儀礼通りに跪く。こうして新しくパートナーAIを与えられる少年達は、基本的に前線に送り込まれたばかりの、何の訓練も受けていない『救国の英雄』という名の、本当の意味での捨て駒ばかりだった。この頃には、前線に送り込まれたら必ず死ぬ、という噂は既に広まっていて、実際噂通りに必ず死んだ。だから、私達の最初の仕事は、前線にやって来たばかりの彼らの緊張と恐怖を和らげることで、いつもの『儀式』をいつも通りにこなすだけだと顔を挙げた私は言葉を失った。




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