20-3

 私は私の罪と向き合うつもりで、君のプログラムを触らせて欲しいと頼んだ。一度きりにするつもりだった。でも、無数に積み上げられた追加の酷い命令やプログラムをり分けていって、最後に残ったかつて私の作り上げた『心』を見た瞬間に、私の残りの人生の全てが決まった。君達の『心』は、感情を知って模倣することはできても、本当の意味で理解し感じることは出来ない。君達は、完成などしていなかった。未完成な『心』のまま、君を……君達を苦しめていた。だから私は、せめてもの罪滅ぼしとして、君の『心』を死ぬまで育て続けようと決めた。


 少しずつ表情が豊かに、こまやかになっていく君を見ているのは、昔に戻ったようでとても楽しい日々だった。君は君の恋愛型AIとしての本能を殺して、ずっと私に寄り添ってくれた。AIだとか、過去の因縁だとか……いつしかそんなものは忘れて毎日を生きていた。君の存在に、救われていた。いつまでも、こんな時が続けばいいと、そう願った。ただ、自分の身体のことだ。自分がそう長くないことは分かっていた。人間としてのエゴに過ぎないのかもしれないが、私は君に何かを遺してやりたかった。ただ、君はAIだから人間の財産なんてもらっても嬉しくはないだろう。だから、私は君の身体を作ることにした。


 ここで私が若い時の小遣い稼ぎが役に立った訳だ。戦後も私は一年に一体か二体のDOLLを作る報酬だけで生計を立てていた。長い時がかかったが、最高のボディが出来たと思う。君が気に入ってくれることを願っている。それから、君には不要かもしれないが、それでも名前を与えたい。使うか使わないかは、自由にして欲しい。ただ、知っていてくれれば良いんだ。


 君の名前は『Licht』……ヒカルが生まれた時に、ドイツ語で名前を付けるならばリヒトと名付けるつもりだった。君を、この手で生んだ者として、そして十年を共にした一人の人間として、私のもう一人の息子のように思っていた。どうか、この名前を受け取って欲しい。


 最後に一つだけ告白を。君に『恋愛感情を求めない』と告げたのは、私の逃げでしかなかった。誰かを想い、誰かに想われる感情は、愛の形は決して一つではないのだと、君に言うことが出来なかった。もしそれを君に伝えられていたら、君はもう少し幸せに笑えていただろうか。私自身が、誰かを大切に想うことから逃げ続けていた。言葉にしたら、この幸福な時間が泡のように溶けてしまうような気がして。そんなことは、決してなかったのに。たった一言『愛している』と、君に告げることができなかった、臆病な私を許して欲しい。


 それでも君を、確かに家族として愛していた。リヒト。


 どうか、幸せに―――ヨハン・ミュラー





「……愛されて、いたんだ」


 全てが抜け落ちたような、真っ白な、声だった。


 私は言葉もなく、彼の手をそっと握った。今きっと、彼は泣いているのだと分かっていた。


「教授……」


 彼は目を閉じて、おやすみのキスをするように、そっと手紙に口付ける。そして、私の手をスルリとほどくと、宙に溶けて消えてしまった。私は息を詰めて『その時』を待った。


 ゆらりと、彼の睫毛まつげが震えた。淡く色付く唇が解けて、微かに息を吸い込む。ゆっくりと想像通りの美しい銀の瞳が開かれて『彼』は目覚めた。


 私は、思わず手を差し出していた。彼は泣きそうな表情で笑って、私の手を握り立ち上がった。


 次の瞬間、私達は抱き締め合っていた。この腕の中に、確かに彼がいる。どんなに触れたいと願っても、決して手の届かなかったはずの彼が。それは身体がある、というだけではないのだろうと思った。


「私を、ここに連れてきてくれて、ありがとうございます」


 震える声が、耳元で囁く。私は声もなく頷いて、強く強く彼を抱き締めた。




 私の体温が彼に移る頃、私達は身体を離して見つめ合った。いつの間にか私の頬に流れていた涙を、彼は優しくその指先ですくい上げた。


「教授は、また私に涙を付け忘れたんですね」

「大丈夫。私には、ちゃんと分かるよ」


 頬を撫でると、彼は綺麗に笑って私の手に頬を寄せた。


「泣き笑い、でしょ」

「惜しい。嬉し泣き、ですよ」


「それって、何か違うの?」

「少し、ね」


 私達は顔を見合わせて笑い合った。絡まる視線に、切り出すなら今しかないと息を吸い込む。心なんて、とっくに決まってた。


「あのね、局長が言ってた話……」


 それだけで彼はピンときたようで、そっと私の唇をその人差し指でふさいだ。




「待って、私から言わせて下さい」

「どうしてよ」


「男がすたる、と言うやつです」


 胸を張るエレジーに、思わず笑ってしまう。笑いながら、私も彼も少し緊張しているのを感じていた。こんな臆病な私達でも、二人ならきっと、歩いていける。自然と絡み合う手の温もりから、そう感じた。いいよ、と頷く。準備は、できてる。




 ここからもう一度、旅に出よう。どこまでも『愛』を探す旅へ。




「私の、パートナーになって下さい」










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Licht 雪白楽 @yukishiroraku

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