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 地下……このエリアでは『エンデ』と呼ばれているが、地上での生活が始まったとは言え、未だに人類の大半は地下に住んでいる状況だ。地上に住めるのは少しの富裕層と、地上で仕事をしている者(ほとんどは公務員だ)と、彼のように家を持たない者くらいのものだ。そもそも人口が絶対的に少ない事もあって、ほぼ全ての人間が政府の管理下にあり、仕事の面倒まで政府がみているアリエスにも彼のような『未登録者』は存在する。彼がこの広場に姿を見せるようになって数日がつが、そろそろ政府の人間が出向いて、彼に適正のある仕事を与えるだろう。寂しい気もするが、彼もそれを望むからここにいる。


 残念ながら、この世界に『音楽家』という職業は存在しない。まだ人類に、音楽だけで食べていける程の余裕はないのだ。そして、働ける人材を遊ばせておく余裕も。金持ちの連中が道楽で音楽をやったり、副業で音楽家を自称している人もいるが、政府は正式な仕事として『音楽家』など芸術に関係するものは認めていない。


 十歳になれば適正があると思われる仕事を政府から紹介され、その見習いとなり、使えると判断された瞬間から『大人』の仲間入りだ。もちろん、存在する仕事の中からなら、という限定付きではあるが職業選択の自由は存在する。ただ、紹介された仕事に就くのが一般的ではあるけれど。




 話を戻そう。アリエスは、生活空間の大半がAIによって管理されている事もあってか、比較的平和なエリアだと言われている。他のエリアは劣悪な環境下にあって殺伐としていたり、あるエリアでは『魔法』が技術化されつつあり繁栄しているだとか、眉唾な噂が流れていることもある。ただ、火のないところに煙は立たないと言うし、実際にそんな技術があってもおかしくは無いのかも知れない。いずれにせよ、大戦の遺物か何かではあるのだろう。


 現状で確認されているエリアは十二。安直と言うか何というか、それぞれに十二星座の名前が割り当てられている。いつも思うのだけれど、新しいエリアが見つかったらどうするのだろう。へびつかい座の名前でも与えるのだろうか。いずれにせよ、名前なんて大抵は安直で、当人にとっては理不尽だったりするものだ。歴史だとか、人の願いだとか、そういう重いものが勝手に付け加えられて。




 ヴィント・シュトラーセ


 過去に存在したどこかの国の言葉で『風』を意味する名前が付けられたこの大通りには、成る程いつも風が吹いている。髪をなびかせ、まだ響き続けている星の鼓動のような少年のメロディを耳に届ける風も、全てはAIの管理の下で作動する空調システムが造り出したもの。それでも心地良いことに変わりはない。今日も我々は、AIの創り出す環境の中で、その恩恵を甘受して生きている。


 その恵まれた地上での仕事を与えられた人間の使命は、たった2つ。地上での生存域を拡大すること。地上と地下の生活を維持すること。


 前者は、この外界とガラスで仕切られた都市空間を少しずつ外にジワジワと拡げるため、周辺の調査と汚染物質の除去や都市計画などを担っている。人類が生活できる場所なんて、まだ世界の中で小さなシミ程度のもので、他のエリアとの行き来も不可能に近い。


 世界政府、と呼ばれる機関は存在しているけれど、そんなものは名ばかりだと誰もが知っている。それぞれのエリア同士のやり取りなんて、宇宙に残存する衛星を介して取捨選択された情報を行き来させるくらいのものだ。他のエリアになど構っていられない、というのが正直なところなのだと思う。


 そして後者の使命が、主に私の関係しているAI関係の仕事になる。そもそも、この世界でAIに関わらずに生きて行くなんて不可能だ。都市の管理から、個々人の朝食の管理まで、どこにでもAIは存在するし、そんな世界になったからこそ我々はここまで早く復興できた。




 それでもこの形に落ち着くまでは色々と試行錯誤があったらしく、中でも生活を一変させたのは『パートナー制度』が始まったことらしい。一つの個体・意識体として認識できる、人間と意思疎通を図ることのできるタイプのAIと人間をパートナーにすることで、それぞれの生活の安定をサポートさせる。この試みは主導した政府が想像していた以上の成果を見せた。元来カウンセリングなどの医療用に使われていたAIのデータなどを元に構築されたこともあり、彼らは物理的に人間の身の回りを世話するだけでなく、献身的に精神面でのケアを行った。結果として、大戦の時に負った心の傷が癒やされることで、多くの人間が社会復帰を果たし、人々の顔に表情が戻った。


 擬似的な感情は、大戦前のAIも持っていた。とは言え、それこそ医療用のAI以外にそんな機能は不必要だと考えられていたため、今まであまり重要視されてこなかった分野だったらしい。これを機にAIの感情、特に人間に寄り添う存在としての機能改善に全力が注がれ、AIは限りなく人間に近付くことになった。


 ただ、事前に危惧きぐされていたように、意識が人間に近付いたことで生まれた弊害は大きかった。まず、昔からよく映画の題材とかで取り上げられていたような『AIの反乱』とやらが起こり得る可能性が出てきたこと。これは現状、政府による徹底的な管理と言う形で、実際には何の解決策になっているワケでもないのだが、予防は万全であるということになっている。そして、彼らにとっての業務を遂行するのにも支障が生まれるようになる。こちらの方が、現実的には差し迫った問題となっていて。

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