第5話、昇級戦に出ろと言われた…一週間だぞ!

「うん、これなら大丈夫ね。

シュウさん、明日昇級戦があるの。

シュウさんは正式な門下生じゃないけど、一週間の成果を確かめたいから出てくださいね」


 カエデさんからそう言われたのは、6日目の夕方だった。


「それから、夜は卒業祝いの宴会ですから、他に用事を入れないでくださいね」


 そういうカエデさんの膝にはしっかりとサクラが陣取っている。

長毛種であるサクラは首のあたりが一番のモフりポイントだ。

柔らかな毛を堪能しつつ、首筋を撫でてやると喜ぶ。その辺は既に習得済みのようだ。


 道場の掃除を終えて帰宅。

食事、入浴、明日の仕込みを終えて、久々にステータスを開くと生命力や攻撃力など軒並みふた桁に上がっていた。

キーボードを認識させるが、十の位は操作できなかった。

それでも全てのステを1Fにできた。これは大きい……10進数であれば16のステを31にあげた事になる。

一般的な成人男性が20である事を考えれば飛び上がりたくなるほどに嬉しい。


 はあ、カエデさんとも会えなくなるな……


『ええ、カエデは撫でるのが上手ですから、少々寂しいですね』


 どうやら声に出ていたようだ……サクラ、少しは空気読めよ……



 翌朝、いつもどおりに4時に家を出る。

やっぱり、足が軽い。飛んでいる虫の全てが認識でき、軽く避けながら走る。


 いつもより早く道場に着いた。

釜で麦飯を炊き、クマドンの具が入った寸胴を温める。

それに加えて、今日はクマの生姜焼きだ。

鉄板の上で刻みニンニクを炒め、ニンニクの香ばしい香りが漂ってきたら、生姜醤油に漬け込んでおいた薄切り肉を炒める。

クマの脇腹の肉で、適度に脂がのっている……美味そうだ。


 皿にサラダ用の青物を盛り、そこに肉をのせる。


「お、なんの匂いだ・・・ニンニクだな!」 「くう、腹が泣くぜ・・・」

「ああ、母ちゃんの匂いだ・・・」


「今日は、僕の最終日ですから、朝から肉祭りですよ」


「待て、シュウの最終日……だと」 「明日からの、俺の飯はどうなるんだ!」

「シュウ、道場の賄いになれ! 俺が推薦する!」


 食事前から盛り上がってしまった。


「くうぅ、肉が目にしみるぜ」「おかわり!」

「俺は、麦飯に直接生姜焼きを載せてくれ」「うんめー」

「シュウ、俺の嫁になってくれ!」「シュウ、カエデの婿にならんか!」


 最後の一言に、静寂が訪れる。衝撃の発言主は先生だった。


「せ……先生、カエデお嬢さんの婿はお嬢さんより強いって条件が……」

「いや、シュウが婿さんになれば、毎朝美味い飯が……うっ、賛同してよいものか悩む……」


「お祖父様、冗談はそれくらいにしてくださいまし!」


 心なしか、カエデさんの顔が赤く見えるが……彼女は美味しいものを食べると紅潮するきらいがある。


 食事の片付けをし、道場に向かうとカエデさんが道着を手渡してくれた。

着ていたワークシャツを脱ぐとヒッ!と息を呑む音が聞こえた。


「シュウさん、この傷は……」


「ああ、毎日クマと真剣勝負してればこれくらいの傷はつきますよ。

傷だけ塞いで、自然治癒に任せた方が、ステータスの上がりが早いって聞いたもので……」


 胸から脇腹へ、脇腹から尻へ、腕や足にも無数の傷跡があった。


「私にお肉を食べさせてくれるために、こんな無理を……」

カエデさんは、そう言いながら一番大きな胸の傷に指を這わせる……


「わざとですよね、それ」


 そう、カエデさんはそういう人だった。


「えっ、バレちゃった?」


 そう言って小さく舌を出した。いわゆるテヘペロである。

その仕草に胸がキュンときたが、道場生の方は見事に

そう、分かっているのに、カエデさんの仕掛けにするのだ……


「あの新入り……」 「殺すか……」 「ふざけやがって……」


 やめようよ、みんな。

ほら、本気にしてるのが一人……


「それでは昇級戦を始める。

まずは新入りシュウ、対するは末席ザムザ」


 カエデさんの合図で試合を始める……コロスとかキルとか本気で言ってるんですけど、この人。


 いきなり上段に構えるザムザ。

えっ、素人の俺が見てもスキだらけなんですけど……もしかして誘い?


 迷っているうちに上段から振り下ろされる木刀。

少し下がって難なく避けるが、そのまま片手突きに変化……中段に構えてるのに突きって……

難なく払いザムザの頭に軽く木刀をあてる。


「それまで! 勝者シュウ!」


一応礼をして一旦下がる。


「次、35席タカス!」


「おう!」


 真剣勝負とはいえ、クマと対峙した時に比べれば緩い。

クマが相手だと、間合いを見切れなければ、胸に受けた爪痕のように自分が傷つく。あと数ミリ深ければ、文字通り肉を持っていかれる。

木刀が掠めたところで、何のことはないので、ギリギリまで間合いを詰められる。

剣技と蹴り技で5人まで勝つことができた。


「次、13席 シンラ!」


「はい!」


 線の細い青年が立ち上がった。


「「お願いします!」」


 その瞬間、空気が変わった。

この人……強い。互いに中段に構えたままだが、俺の方は動けない。

あらゆるパターンをシミュレートするが勝ち筋が見えない、


 動いた瞬間に切られるのが分かるほどには、上達した……のかな。



「まいりました……」正直に頭を下げる。


 その後、何人かが上位者に挑みいずれも退けられた。


「ふむ、こんなところかのう。

シュウよ、お主を十五位に任ずる。詳しくはギルドで確認するように」


 先生の言葉に場内がざわつく。15位だと……大丈夫か……など


 午後は、高位者が順番に胸を貸してくれた。

切り返しが遅いとか、具体的に弱点を指摘してくれる。


「また、飯をもって遊びに来いよな」とか、「本気で嫁に来い」とかetc

やばい、目が霞んできた……


 道場の掃除を終え、そのまま宴会へと移行する。

料理は近くの食堂から持ち込まれたが、俺も仕込んでおいた寸胴を提供する。

最後となる料理は、クマ肉の味噌煮込みである。

数日間煮込んだクマのスネ肉はトロットロになっているし、一緒に煮た根菜類もいい感じだ。仕上げに、アサツキのみじん切りをふりかけて完成。


 もう一品は、スペアリブである。肋骨周りの肉を、骨ごと漬け込んで煮詰めたもの。醤油ベースではちみつをいれて甘辛く仕上げた。

これを唐揚げのごとく山盛りにして皿を出す。


「では、シュウ君の鍛錬終了と、十五位就任を祝して、乾杯!」


 第5席の先輩が音頭をとり、宴会が始まった。

先輩全員にお礼を兼ねて酌をして回るが、誰もが料理の味付けに使った調味料について聞いてくる。

味噌も醤油も発酵食品で、この世界では見当たらず、再現も難しいため秘伝のタレで在庫もほとんど残ってない旨伝えるとみんな残念がった。


 一番残念がっていたのはカエデさんだ。

私のお肉が……私のお肉が……と、同じことを何度も繰り返す。仕方ないので、次回は他の肉料理を持ってくると約束した……いや、させられた。


 クマ肉はクセがあるため、豚や牛のようにクセのない肉はないのだろうか。

ウサギ肉でもいいが、やっぱりバラ肉が欲しい。

ライトノベルでは、よくオーク(猪)やミノタウロス(牛)の肉が美味い事になっているがどうなんだろう。

直立歩行であり、腹筋が割れているイメージがあるけど、筋肉質じゃないのか。

いつか遭遇できるんだろうか……そんなことを考えながら夜は更けていった。

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