第4話、剣術の訓練って、俺は会社員だぞ!

 マリーさんから案内された剣道場にやってきた。

訓練生だろうか数人が門内の広場でガキッバキッと打ち合いをしている……

えっ?竹刀じゃなく木刀なの……


「ご……ごめんください」


「おう、何の用だ?」

一番門の近くにいた人が応じてくれた。


「ギルドのコンゴウさんに、こちらに通うよう言われたのですが……」


「そうか。じゃあ、先生を呼んでくるから待っていてくれ」


 日本の剣道場と違い、竹刀や防具といったものはない。

防御系のスキルをセットしておいてよかったと……その時は思いましたよ。


 少しして、小柄で仙人のようにやせ細った老人がやってきました。


「冒険者ギルドのマスターに言われて来たそうじゃの」


「はい。一週間通えと言われてきました」


「ふーむ……一週間のう……

そこの巻藁まきわらに、この木刀で一撃打ち込んでみなさい」


「はい」


言われたとおり打ち込んでみると、明日の朝7時に全てのスキルを解除して来いと言われた。


「それで、得物は?」


「2mの鉄棒と、1mの鉄棒。スリングショットと短剣を持っていますので、状況に応じて使い分けたいです」


「欲張りじゃのう。

それで、スリングショットとはどのようなモノかの?」


「これです。これで鉄球を飛ばします」


 腰に差していたスリングショットと玉を見せる。


「ふむ、面白そうな道具じゃな。

裏の弓道場で試してもらおうかの」


 弓道場に移動し、試写してみせる。

射的補正で当然、的のど真ん中を射抜く。


「命中補正か……スキルに頼りすぎじゃのう……

どれ、貸してみろ」


 先生に渡すと、流石に一発で命中させてみせた。


「うーむ、この伸び縮みする紐が、もう少し強ければ使えるかもしれんが……」


「あっ、ありますよ。ゴムを二重にした……

これで如何ですか」


 収納から取り出し先生に渡す。


「ほう、……ふむふむ……これならいけそうじゃな。

シュウだったか、玉を 2、3発使ってもいいかの?」


「あっ、どうぞ、1000発ありますので」


 了解すると、先生はおもむろに上空に向けて弾を撃ち上げた。

俺たちが見上げると、鳥のようなものが飛んでおり、弾が命中したのか急にふらつき墜落していった。


「ガーゴイルじゃよ。時々ああして偵察にきよる。

これまで、鬱陶うっとうしく思っておったのじゃが、あそこまで飛ばす道具がなかったのじゃ。

うーむ、どうじゃ、授業料の代わりにこいつを納めてくれれば嬉しいんじゃが」


「是非、お納めください。

私には扱いきれず眠らせていたものですから」


 8mm鉄球200発と、強化スリングショットを授業料として納めさせてもらった。通販で2500円程度で入手したものだ、俺に異存などあるはずもない。


 その日は一旦帰宅し、言語変換以外の常時発動スキルを音声発動に書き換える。

何にしても、我が家は風呂に入れるのがいい。

風呂上がりに缶ビールを開ける、残り少ない贅沢だ。

電子タバコを吸いながらPCのメールチェックをする。

思ったとおり上司からメールの返事が届いていた。


 診断書とか理由書もなしに休職とか取れるわけがない。

とりあえず39日残っている有給休暇を充てて、それでも戻れそうになかったらその時考えるという。当然の内容だった。

労働組合が強いので、解雇は難しいとも書かれていた。


 すんません。ご迷惑をかけますが、よろしくお願いします。と返信しておく。

8週間の間になんとかならなければ、今後の身の振り方を考える必要があるな……などと考えながら眠りについた。


 翌朝、暗いうちから家を出る。

道場までは2時間ちょっとだが、途中で魔物と出来わしたりして思わぬ時間を取られる事があるため、早めに出発した。

道場に着くと、先輩たちが食事の支度をしていた。


「おせえぞ新入り!」 いきなり怒鳴られた。


「す、すみません」 時間前の筈だが、こういう理不尽には慣れている。


「明日からは、お前一人でやるんだぞ!」


「おい、ザムザ。こいつは住み込みじゃないんだ。

無理言うんじゃないよ」


「いえ、最初が肝心です。

住み込みじゃなくってもできるハズです。

それに、新人の面倒は一つ上の俺の仕事のハズですから、任せてください」


「何を騒いでるの?」


「あっ、カエデお嬢さん」


「シュウさんですね。

お祖父様からあなたの指導を言いつかりました。

カエデです。

若輩者ですがよろしくお願いします」


「えっ、こっ、こちらこそ」


「そっ、そんな……カエデお嬢様が直接指導なんて……」


 あっ、これヤバイやつだ。

ねたみの篭った視線をあびる。

それにしても、端正な顔立ちに引き締まった体。

背中までの黒髪をひとつに束ねている。

食事は済ませてあると答えると、早速鍛錬に入る事になった。


「スキルは解除してきましたか?」


「はい、大丈夫です」


「では、最初に軽く手合わせしましょうか。

武器は何にします?」


「棒でお願いします」


「棒術でも剣術でも基本は足さばきになります」


「足さばき……ですか」


「そう、打ち下ろしや薙ぎ払いの速度ばかりあげても、相手に当たらなければ意味がありません。

相手との間合いを詰めるすり足と打ち込む時の踏み込み。それから、相手から離れる逃げ足。

この三つを完璧にできれば、ほぼ負けることはありません」


 撃ち合いながら、足運びの重要さを教えてくれる。


「今までは、ひたすら打ち込む事しかしてきませんでした。

防御はスキル任せで、攻めればいいと思ってきましたが、ギルマスを相手にしてそれだけじゃダメなんだと思い知りました」


「ある程度まではそれでゴリ押しできますけど、一定のレベル以上には通用しないって……お父さんとの模擬戦で理解できているみたいですね。良かったです」


「お父さん? ……模擬戦? ……えっ?」


「冒険者ギルドのコンゴウが父なんです。

あんな外見だから怖かったでしょ」


 足運びと型の練習に明け暮れたが、苦にはならなかった。

単に足を動かすだけでなく、重心の移動や責められた時の対応を考えながらの訓練は楽しくもあった。


 朝の食事の支度は、前日の帰りに獲物を狩り、自宅で仕込んでおくと楽だった。

特に、I・Hで夜の間に煮込んで置けるので、硬い熊肉も程よい状態で出す事ができる。食事の準備と共に、新入りには道場の掃除がある。板床を拭くのは、足腰の鍛錬にもなった。


 この世界の主食はムギである。

挽いて粉にして加工する場合もあるが、炊いたり煮ることも多い。

4日目の朝食で、俺は秘密兵器を投入した。


「なにこれ、美味しすぎる!」 「うまい。新入り、大手柄だ!」


 ふふふっ、牛丼のタレを使ったクマドンである。

こういう味の濃いのものが好まれるのはリサーチ済だ。

2日煮込んだ熊肉は、十分にタレに馴染んでいる。


「ばかな……クマ肉なんて用意していないはず!」


 異論を唱えたのはザムザだった。


「あっ、通いの途中で出くわしましたので、狩っておいたんです」


「いやいや、町の周りにクマなんて出ないだろう」


「私の家は、東に20km行った山の中ですので……」


「えっ、お前……町に住んでるんじゃないのか!」


「ええ、山の中です」


「それにしたって、20kmを通っているのか。

歩くと4時間かかるだろう。魔物だって出るじゃないか」


「走ってますから、半分ですよ。

それに、頼りになる二匹が一緒ですから」


「まいったな。だが、美味いクマ肉には感謝だ。ごちそうさん」


 どうやら、練習生の胃袋は掴めたみたいだ。

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