第31話、写真集出版だと…うれしいじゃねえか

浅見からのメールで、俺は会社に呼び出された。


「おお、末永君。悪いな呼び出したりして」


「いえ、何かありましたか」


「例のメーカーから、すこしばかり嫌がらせが入ってね。

ちょっと、応接で話そうか、浅見も来てくれ」




「一点目なんだが、あの写真の権利を全面的に譲れと言ってきた」


「僕は素人ですし、べつに構いませんよ」


「あれをお抱えのカメラマンの作品にしたうえで、そいつ自身の手でもっといい写真を撮るから彼女たちを渡米させろと言ってるんだ」


「パスポートを取れるのは二人だけですね」


「カエデとルシアね」


「そうだ。しかもカエデは妊娠しているから、安定期に入らないと飛行機は無理だな」


「はあ、どうするかな…」


「やっぱり、予定通り今回限りの契約にして、こっちはカエデの写真集を出しちゃいましょうよ。

シリーズ・マーメイド第一弾として。

毎週発売の写真集として、価格設定を少し下げれば間違いなく売れますよ。

その実績をもって、ライバル社に売り込む」


「だから、カエデは妊婦だって…」


「まだ大丈夫。逆に言えば最後のチャンスかもね」


「俺はプロじゃねえよ」


「間違いなく、プロ級よ。

だから向こうもプロの名前で出そうとしてるんだもの」


「それに、プロの使うフルサイズの機材じゃねえよ」


「D200でしょ」


「知ってんのか…」


「撮影データに記録されてるからね」


「後継機種も持ってるけど、あれは違うんだよ。

あのシャッター音は、その気にさせてくれるんだ」


「よし、その気になった!」


「なってねえよ」


「カエデには、和装で剣を持たせたいと思わない?

私的には緋袴かな。道場で老人の師と対峙するカエデ。

もちろん、真剣で殺気を出してもらうの」


「やめておけ、本気ってのは遊びじゃないんだ。

あの二人に真剣なんか持たせてみろ、シャッターなんか切れるもんかよ」


「ともかく、一週間で仕上げてみて。

実物を見て判断するわ。

契約先に喧嘩を売る以上、室長の了解はもちろん取締役会の承認が必要だろうから」


「そういう腹のくくり方好きですよ。精一杯やってみます。

浅見、衣装の手配は任せた。できれば、ライバル会社の製品でまとめろ」


「了解よ。今日中になんとかする」


家に帰ってレンズと周辺機材をチェックする。

前回はサンプルってことでズームを使ったが、ポートレートなら単焦点だ。


標準レンズの50mm f/1.8、望遠の85mm f/1.8

ホントは鳥の写真を撮るのがメインだったので広角なんか持ってない。

レフ版に三脚にケーブルレリーズ。


「カエデ、道着を着てくれ。

道場で少し写真を撮りたい」


「はい」



「木刀を下げて自然体で」 パシャパシャパシャ


「中段に構えて」 パシャパシャパシャ


「上段」 パシャパシャパシャ


「先生、カエデとギリギリの間合いで対峙してください」 パシャパシャパシャ


「2,3合、打ち合ってください」 カン!カン!カン! パシャパシャパシャ


「剣を合わせてください」 パシャパシャパシャ


「カエデ…、日本刀を持ってくれるか」


「はい」



「中段、無の心境で」 パシャパシャパシャパシャパシャパシャ


「俺に殺意を向けてくれ」 パシャパシャパシャパシャパシャパシャ


「カエデ、落ちてくる葉を切れるか」


「多分」


イヤー! パシャパシャパシャ


「ふう、先生もありがとうございました」


「ああ、久しぶりにカエデの相手をしたが、前よりも鋭くなっておる。

こりゃあ、わしの隠居も近いかな」


「門下生のみなさんも協力ありがとうございました」


「いや、俺ら飯喰ってただけだし…」


「シュウ、ステーキ追加!」


「おかわり!」


「なんだよ、すき焼きって…、うちの母ちゃん、こんなの作ってくれなかったぞ…」


「ああ、ザムザの卵も愛称バッチリだ」


「先生、俺の打った日本刀です。

よろしければ、使ってみてください」


「ああ、だがこいつは人を切るもんだな…

美しくもあり恐ろしくもある」


「おれも、これ以上日本刀を打ちたくはありません。

それが、最初で最後の一振りです」




翌日の午前中にソフィアとルシアにレフ版の使い方を教え、午後から浅見と一緒に撮影に入る。

緋袴に木刀を提げ、京都の紅葉を背景にしたり、寺や神社で撮影させてもらった。

地中海に飛び、パルテノン神殿やコロシアム。ピラミッドにアルプスの草原。シンガポールの屋台や、モルジブの砂浜。

そして、例の衣料メーカーの本社前で親指を下に向けて抗議のポーズ。


もちろん、衣装を変えソフィアとルシアの写真も撮った。

モルジブでは、こっそりマーメイド姿のソフィアも撮影した。

モンゴルの民族衣装に身を包んだ三人も可愛かった。


「ねえ、温泉のシーンなんていいの?」


「別に、減るもんじゃねえし、問題ないよ」


途中で、何度かメイクと髪型も変えてもらった。


「ソフィアの表紙はパルテノン神殿のキトンだな」


「ルシアちゃんはモンゴルの衣装がいいなぁ」


カエデは紅葉を背景にした紺の袴に紫の短冊柄小紋で決まった。


「これ、よくカエデちゃんの顔にピントが合ったわね」


「偶然の賜物だ。刀がカエデの葉に食い込む瞬間だ。

1/5000秒だからな、それでも日本刀はブレてる。

だけどいい感じでボケが入ってるよ」


「カエデちゃんの最後のページにルシアちゃんとのツーショット。

このトロンとした表情は官能的よ」


「でルシアの最後がソフィアとのツーショットだな」


「この、メーカーをコケにした写真は、課長の判断に任せると」




「決まったわよ。

来週、例の新作発表をもってわが社との契約は終了となるから、契約更改はなし。

翌日、カエデさんの写真集を出せるように調整してちょうだい。

写真集で使っていないものは、広告で使っていくわ。

ルシアちゃんとソフィアちゃんのも連続して出版させて。

出版社との調整は浅見に一任。

ライバルメーカーへの売り込みは田中ちゃんと明智君お願い」


「「「はい!」」」


「浅見、例の写真もOKよ、社長からの伝言、かましてやれだってさ」


「はい!」


「末永君は、提携するメーカーが決まったらすぐに撮影に入って。

それと、フルサイズ機にしてちょうだい。

大きな広告でも使っていくから。

追加のモデルさんも、順次撮影しておいてね」





DearMermaidシリーズは「Kaede」「Lucia」「Sofia」と立て続けに販売され、大ヒットになった。

大手アパレルメーカーとの提携も決定し、世界中の化粧品メーカーなど、ファッション業界全体に嫁たちの露出が増えていく。

俺も、自分の会社を立ち上げ、カエデを妻だと公表し、ルシアをカエデの妹として紹介した。

浅見は出向の扱いで俺の事務所で働いてくれるようになった。

そのおかげで、マーメイド達の衣類はすべて提供してくれる。


「問題はソフィアちゃんと他のマーメイドよね。どうしたらいいんだろう」


「公表するしかねえかな。

いや、先にマーメイドを全面に出した写真集を出すか。

それで世論を味方につけて、政府に直訴する」


「そういえば、女性の権利を主張してた議員がいたわね」


「総理大臣に直訴、ダメならアメリカへ行くからって」


「あはは、それいいわね。総理からうちの社長に直接電話が入りそうね」


「そいえば、ジョンはどうしたかな」


「ジョン?」


「牛を譲ってもらったアメリカの牧場主だ。異世界だって理解してくれてる。

ネットで公開するとか言ってたよな」


カチャカチャ


「ああ、これだ。俺は異世界に牛110頭を売却した。いつか、シュウの世界で俺の牛がスタンダードになる」


「結構、好意的な反響があるわね」


「あそこにソフィアを連れて行って、記念写真でもアップさせるか」


「それ、おもしろそうじゃない」


その夜、俺はジョンの元を訪れた。

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