エンディング2:白い菖蒲

アイリス:「……ん、うぅん――?」


 アイリスが目を醒ますと、そこは白い病室だった。

 周囲をきょろきょろと見回すと、近くにはUGNの職員だろうか、白衣を着込んだ男性が一人のみ。ベッド脇には戦闘着と、大切にしたいと思った制服がご丁寧にも畳んであった。

 身体はすっかり元気、とはいかないものの、活動可能域だ。


アイリス:「……私が目を醒ますと、そこは見知らぬ白い天井だった」

「(発声、記録回路異常なし。身体の回復進行状況は四割。通常行動に問題……無し)」

 ふと突拍子もない言葉を口にする。


 自らの頭の中で状況を整理し、職員男性へ声を掛ける。


アイリス:「すまない。ここはUGNの医療施設で、あなたは私の主治医で間違いないだろうか」

UGNの男性?「半分正解、半分不正解だ。ここはUGN傘下さんかの医療施設で……」


 UGNかと思われた男性……ハイドは職員への変装を解除し、ニヤリと笑いかける。


UGNの男性?(以下、ハイド):「俺は、お前の運命共同体だよ、アイリス」

アイリス:「……! これは一本取られたな。うん、驚いた。これ以上無い程に。一瞬思考回路がフリーズしたよ」


 目を見開き、淡々とどれだけ驚いたかを告げる。


ハイド:「だろ? 姿を消した直後にとんぼ返りして、UGN医療チームに潜り込んでたって訳だ。

 訊きたい事もあるが、まずはそうだな。動けるようになって良かった。……行けるか?」

アイリス:「全快とまでは行かないが、四割程は回復した。戦闘にならなければ問題は無い。逃げられるよ」


 いそいそと制服、そして戦闘服に手を掛けようとして……その手が一瞬止まった。


アイリス:「……ハイド。メイとアンにはこの事は?」

ハイド:「いや、伝えてない。知ればUGNの裏切り者になるからな」

アイリス:「それもそうか……」


 納得だと口にするが、その表情は浮かない。


アイリス:「なぁハイド。時折、心が無性に騒ぎ出す事があるんだ。今もそうだし、ローレルと別れる時もそうだった。

 この胸のざわめきは、何だろう? 私は知らない……感情なんだ」

ハイド:「……難しいな。俺も別にそういう方面に詳しいわけじゃねぇ。

 けど――分かるぜ、その気持ち。俺も味わった事がある」

アイリス:「そうか、ハイドにもあるのか。この感情は、なんて名なのだろうな。とても興味深いよ」


 淡々と呟きつつベッドから起き出して、おもむろにハイドを見る。


アイリス:「ここに紙とペンはあるか?」

ハイド:「ああ、それなら確かここに――」


 備え付けのサイドボードから、メモ用紙とペンを取り出し手渡す。


アイリス:「うん、ありがとう。本当は何も残すべきでは無いのだろうが……」


 サラサラと滑らかにペンを走らせ、彼女なりの言葉をつづる。

 コトン。ペンを置く乾いた音が、小さく、病室に響く。


アイリス:「……よし、これでいい。満足した」


 小さく笑みを浮かべると、今度こそ制服に手を掛けて、逃げ出す準備を整える。


ハイド:「んじゃ行くか。先に部屋の外に出ていてくれ。余計な痕跡だけ消しておく」


 アイリスを病室の外へ出し、少しの時を置いて、ハイドも合流した。頷き合うと、歩み出す。


 廊下に二人の足音が響く。それは徐々に離れていき、そして聞こえなくなった。

 病室はあるべき姿に戻り、静寂が、白くアルコール臭い空間を支配する。


 痕跡の消えたベッドの隣、サイドボードの上に残された、アイリスからの手紙。そこにはたった一言だけの文字が微笑む。



『行ってきます』



 短い一言だけが記された、その隣には。

 同じメモ用紙で作られた、白い菖蒲アヤメの折り紙が一輪、静かに添えられていた。


 菖蒲には、幾つかの花言葉が存在する。それは色から種類まで多種多様だが、今回の場合は、これが適切だろう。



 白い菖蒲の花言葉は、『あなたを大事にします』

 そして――『伝言』だ。



 果たして、この伝言は二人へ届くだろうか。

 その結末を、逃亡者達は知る由も無かった。

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