エンディング3:貴女に花束を

 次の中継地点を目指し、東へ向かうトラックのコンテナに身を潜ませた二人。だが、人が乗り込むことを想定していないからか、埃が充満している。エンジンが停止した頃には、喉がひり付くような感覚を覚えていた。

 運転手に気付かれない内にコンテナから外へ出ると、そこには菖蒲アヤメの花畑があった。

 色とりどりに咲き誇る花々が輝いて見えるのは、先程まで暗いコンテナに身を潜めていたからか。

 あるいは――菖蒲が好きだったという、誰かの遺志だろうか。


アイリス:「…………」


 乾いた咳をしつつもコンテナから身を乗り出した彼女の視界に、花のいろが広がる。

 何処か呆けた様子で、壊れ物のように、そっと一輪に触れる。

 彼女の瞳からは――透明な雫が溢れ出していた。


アイリス:「ハイド……ハイド!

 私は悲しくないんだ。むしろ好ましい、嬉しい、綺麗だと感じるのに――どうしてこの涙は止まらないのだろう」


 どこか泣きそうで、でも嬉しそうな。喜怒哀楽きどあいらくだけでは到底説明など出来ない感情に、少女は戸惑っていた。


ハイド:「アイリス、お前……」


 そんな彼女を、ハイドが意外に思ったのは事実だ。けれど気付けば、


ハイド:「――綺麗だな」


 そう、呟いていた。


ハイド:「いいじゃねぇか。涙だって、別に悪い意味だけで流れる訳じゃねぇだろ。

 哀しくなくても。綺麗な何かを見て、嬉しいと感じて……そういう涙が流れる事だって、きっとあるんだ」


 涙の理由を口にするたび。少年の脳裏に、暗い廃ビルで目にした“星”の輝きが過ぎる。


ハイド:「――まあ、俺だってそういう経験が無い訳じゃないしな」

アイリス:「そう、か。そうなのか」


 葬式の夜に出会った少女達、メイとアンは言っていた。


『紹介するわ。こちらレネゲイドビーイングの“アイリス”。今日出会ったばかりだけれど、運命的じゃない?』

『人間って、そう簡単な生き物じゃないんだ。哀しみと一緒に、淋しさも、辛さも――怒りと恨みもある』


 あぁ、そうかと腑に落ちた。

 彼女達の複雑な感情は、これだったんだ。

 嬉しいのに悲しい。悲しいのに、怒りたい。喜怒哀楽では表現出来ない、マーブル色に混ざり合う感情。

 あぁ、なんて……


アイリス:「――綺麗なんだ。世界はこうも美しくも複雑で、沢山の色と光に溢れているのか!」


 また、新しいものを得た。友達になれたかもしれない少女との関係を断ち切って、少女はまた新しい世界を視た。


アイリス:「ありがとう、ハイド」


 感謝が口をついて出る。


アイリス:「また、私の世界は広がった。感謝してもしきれない。ありがとう」

ハイド:「……おう、どういたしましてだ」


 照れ隠しをするように、少し視線を外して応えた少年。

 けれど、それだけでは何だか物足りなくて。勿体無い気がして。

 視線を戻し、少女を真っ直ぐ見つめた。


ハイド:「ありがとう、アイリス。俺だって感謝してる。

 お前のおかげで、俺の“日常”は変わったんだ。だから、その……なんだ」


 僅かに躊躇ためらう素振りを見せるも……、


ハイド:「行こうぜ、俺とお前で。行けるとこまで」


 視線を交差させる少女に、手を差し伸べた。

 そんな彼の姿を、彼女は意外に思った。君はそんな表情も出来るのか、と。


アイリス:「(いや、違う。これは歩みだ)

(停滞した世界に囚われていた私達は、昨日と違う今日を歩んでいる。だから、変革するのは当然なんだ)

(だって、明日には何が待っているかも分からない。そんな未知で溢れているのだから)」


 差し出された少年の手を、少女はそっと、重ねるように取る。


アイリス:「もちろんだとも! あぁ、私と君で行けるとこまで行こう!」


「ハイドと歩む明日が楽しみだ!!」


 あの白く何もない部屋とりかごに居ては、到底得られることも無かった。

 掛け替えのない、未知に溢れた世界が待っている!


 きっと、この世界は何処までも広がっている。さぁ、逃げあるき出そう!

 まだ見ぬ明日せかいへ!!

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