トリガー2:破滅の解放“カタストロフ”
アイリスはただ、黙ってハイドの
彼が口を
アイリス:「……成程。君は私が思っていたよりもずっと優秀なエージェントだったようだね。UGNだけでなく、裏社会全体に名前が知られる程に。
――さて、ここで私にはひとつの疑問が浮かんだ。物は試しと聞いてみてくれるかな、我が共犯者」
ハイド:「……ああ。これ以上、隠すような恥もねぇよ」
アイリス:「恥かどうかはこの際置いておくとするが……まずは例え話をするとしよう」
壁に背を預けたまま項垂れるハイドの隣に同じように座り込んだアイリス。その視線はコンクリートで覆われた天井の先、星空を見つめている。
アイリス:「ここに居ない誰かの前に、一丁の拳銃とそれを握る人間がいるとしよう。拳銃は最新式の超が付く優秀なもので、扱う人間も超一流だ。その人間が引き金を引き、そしてその誰かは死んだ。
……さて、ここで恨まれるべき存在は誰だろう?」
ハイド:「……恨まれるべきは銃じゃなく、引き金を引いた奴だ。そうだな、それが道理だろうさ。けどな――大切な人の死ってのは、道理だけで片付けられるようなモンじゃねぇんだと思う」
埃の積もる汚れた床に視線を落としたまま、ハイドは答えを口にする。
ハイド:「あのUGNチルドレン達の言葉を聞いただろ。その復讐の切っ先が向けられるのは……俺なんだ」
アイリス:「うん、それは避けられないだろうさ。メイとアンと話して、その気持ちは痛い程に伝わってきた。法と日々だけが先走って、気持ちが置いていかれている」
ハイドは俯いたまま肩を竦める。そんな彼の仕草に少しばかり微笑んで。
アイリス:「けれど、私は君を拳銃だと例えたつもりは無い。
間違いなく引き金を引いたのは君だ。この情報は変えようが無く、事実として君は恨まれている。
だけどね。それはその視点でしか物事を把握出来ていないという事でもあるんだ」
ハイド:「……何が言いたいんだよ。俺が銃を構えて、引き金を引いて、相手を撃ち殺した。
相手は死んだ。俺は恨まれ、復讐者達に狙われ続ける。それ以上、他に何があるってんだ」
アイリス:「頭が固いな、君は。世界をもっと広く捉え
クスッと笑い、彼女は隣の彼に向き直る。
アイリス:「その言い分は殺された当事者と、君だけの世界に過ぎない。
世界中の暗殺を君が請け負っていたのかい? 違うだろう。そんな事は物理的に不可能だ。
世界は君の視えない所まで、無数に広がっているんだ。それこそ、宇宙に瞬く星々のようにね。
確かに君は罪を犯した。だが、それは君だけの問題では無い。星座のように、様々な出来事と契約で繋がっているんだ」
立ち上がったアイリスは、ぽつりと呟く。
アイリス:「ふむ。話が長くなってしまうな。私はこういう事を端的に纏めるのが苦手なようだ。とどのつまり、私が言いたいのはこういう事さ」
そっと、ハイドの視界に入るように目前に座り込む。
アイリス:「君は恨まれるべき人間なのかもしれない。だが、世界にひとつだけかもしれないが……」
「他の誰でも無い、君に救われた存在が眼前に居る、という事だ」
ハイド:「アイリス、お前……」
彼女の言葉に、ハイドの声が僅かに震える。
ハイド:「他に言いたい事とか、無いのかよ。破滅の道だと知ってたのに、俺はお前を連れ出したんだぞ。なのに、なんだよ……“救われた”って。全然、何も救われてなんかねぇよ……あのままホワイトルームに居た方が、お前は――」
アイリス:「いや、それでは全くこれっぽっちも救われないが。言ったろう。あの部屋は私には
良いじゃないか。この事実は
ぱっと立ち上がったアイリスは、廃墟の何も無い空間をくるくると回り始める。
アイリス:「私の目下の目的は、あの彗星を視る事だ。その同伴者が強者であるのならば、それに越したことは無いさ。
破滅の道。うん、それもまた一興だ。なにせ、あのホワイトルームには“本当に何事も訪れない”。
そういう意味では、私は君が拐ってくれたあの瞬間まで死んでいたと定義しても良い。世界は広がらず、視点も変わらず、ただ知識を蓄積するだけのレネゲイドビーイングに過ぎなかった」
回り続ける彼女は、楽しげで、嬉しげで。まるで彼女自身が視た世界のようだった。
アイリス:「それがどうだ! 今ではこうして“非日常”を謳歌し、こんな埃っぽい場所に身を隠し、見たこともない景色を視た!
これが“破滅の道”だというのなら、私は喜んで身を投じよう! 元より私はその覚悟で部屋を出たんだ。踏み込んだ道が、偶々それだった。
ただそれだけの、単純な話なんだよ――ハイド」
最後に再びハイドの前に座り込み、微笑む。
その笑顔は、今までで一番人間らしい優しい笑みだ。
ハイド:「……アイリス――」
伏せていた顔を上げ、ハイドは共犯者を見つめる。
共犯関係は、これでもう終わりだと思っていた。アイリスだけであれば、UGNに保護してもらう選択肢もあった。
死神は、お姫様を置いて消える――そんな、ありきたりな物語みたいな結末以外に道など無い。そう、思っていた。
ハイド:「(それなのに、こいつは)」
“破滅の道”に喜んで付き合うなどと、本気で言っているのか。正気の沙汰とは思えない。
ハイド:「本当に、どうかしてるよ……」
彼女の目に、言葉に、笑顔に。
夜闇を照らす“星”を視た。
だから――
ハイド:「……アイリス。もし……もし、お前さえ良ければ」
「この広い世界で、俺と一緒に逃げてくれ」
アイリス:「――ぷっ、あははは! かはっ、ケホッ、ケホッ!」
カラカラと笑う。お腹の底から可笑しくて堪らない顔で笑い、埃っぽさからか乾いた咳をしつつも、なお笑う。
アイリス:「何を言うんだハイド。元より、そういう契約だっただろう? それに、私は箱入りお姫様(物理)なんだ。
まともな思考を要求する方が“どうかしてる”と思うけどね、私は」
ハイド:「なに開き直ってんだよ……っ、ははっ」
釣られたように小さく漏れる、湿ったような笑い声。
ハイド:「狂ったお姫様と、破滅の死神の逃避行……一緒に行くか。行けるとこまで」
アイリス:「もちろん。なに、元々お互いに爆弾を抱えているようなものだ。それがひとつやふたつ増えた所で、どうということも無いさ!
少なくとも、あの彗星くらいは拝んでおかないと勿体ない! 行ける所まで付き合ってもらうぞ? ハイド・バレンウォート」
ハイド:「だな。見に行こうぜアイリス。俺達の――約束の星を」
ハイド:ここでアイリスへのロイス感情を変更する。有為と隔意だったそれを、信頼と不安に。表はポジティブのままだ。そして、Sロイスに指定する。
アイリス:「よしっ、それならあとは眼前の問題だ。先程の一件でメイにアン。そしてUGNは動き始めた事だろう。
裏で情報収集プログラムを走らせていたから、その他にも面白い情報を得る事が出来た。後で共有するから目を通しておいてくれ」
「さぁ、再開しようじゃないか。私達の――逃避行を」
宵闇は、深くなり続ける。
埃ばかりの廃墟内でしかし、少年は星を視た。
充ちていた夜は照らされ、明けゆく事だろう。
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