オープニング1:予期せぬ邂逅
アイリスは端的に言って暇を持て余していた。
狭く、色の無い部屋。唯一の娯楽であった仮想訓練の全制覇。
彼女には最早データの蓄積以外、やるべき事も、やりたい事も、無い。
そんな中、壁越しに男女が話している声が微かに聞こえる。これまで一度たりとも無かった出来事に、彼女は興味を覚えた。
アイリス:「珍しいな。……折角の娯楽要素だ、何か面白い事でも聞ければ御の字だね」
壁に耳を当て、男女の会話を盗み聞く。
おおよそ40代程の年齢だと声から推測できるだろう。
男:「──どうだ。”見付けた”、か?」
女:「いいえ。でも──近い筈」
男:「あの情報が正しければ、な」
女:「とはいえ信じない手は無い。どの道、もう少し時間が掛かるわ」
男:「ならばこちらは別の線を当たる。抜かるな、よ」
女:「お互い様よ。……そろそろ”毒”も効き始める頃合い。モタモタできないわね」
アイリス:「……(これは、トラブルの香りかな。毒とは穏やかじゃないね)」
不審な気配がひとつ離れていくのを察知し、アイリスは声を掛ける事に決めた。
だが生まれてから白く狭い部屋を出た事が無い彼女は、最初の一言に
そこで自身の中に蓄積されたデータを参照し、いくつかの書物から言葉を引き出し──
アイリス:「……聞こえますか? 私は今、あなたの脳内に直接語り掛けています」
──肉声そのままに話しかけた。壁越しでくぐもっていたためか。あるいは別の要因か。
女:「──”オルクス”……! 貴女は?」
不審な女は、警戒した声音で返答した。
アイリス:「別に警戒しなくても良いさ。幽閉されてるために暇で暇でしょうがないレネゲイドビーイングだよ。名はアイリス。まぁ覚えなくても良いさ」
女:「”アイリス”……そう。そういう事」
一人合点のいった声。
アイリス:「盗み聞いた所、何か情報が欲しいみたいだね。私の話し相手になってくれるなら、ひとつ何でも情報を提供してあげても良いけど、どうだい? あ、勿論私の命を取る方法以外で頼むよ」
女:「ならアイリス。貴女がいる場所へはどうすれば行けるのかしら」
アイリス:「おや、私が目的か。珍しい事もあるものだ。いやしかし……すまない。その質問には返答できそうにない」
アイリスは、自身のいる白く狭い部屋を改めて見回す。
アイリス:「この部屋には、窓や扉といった出入口は何ひとつ無いんだ。もうひとつ付け加えるのならば空調ダクトすらない有様でね。私としても暇過ぎてリザレクトしそうだよ」
女:「出入口は無いのね。それだけ聞ければ十分よ」
僅かな間を置いて、その女は口にする。
女:「私達は、貴女を探していたわ。……恐らくね」
アイリス:「何ともハッキリしないね。まぁ良いさ、好きにしたまえよ。私はどの道ここから出られないし、外部への連絡手段も無い。あるなら会話のために持ち込みたいくらいさ。
君が人間かどうかは知り得ないが、もし会えるのなら楽しみに待っているよ」
女:「ええ。今すぐにでも──」
だが、その言葉は途中で途切れた。施設内に警報が鳴り響いたからだ。
女:「チッ……”また来る”わ、アイリス」
それを最後に、気配は急速に遠ざかる。
……この白く狭い部屋の外では、何かが起きている。
それを確かに感じるというのに、君には時を待つ事しか出来ない。
アイリス:「……。さて、それでは妄想の続きと行こうか。今度は超遠距離狙撃ライフルを
例え外で何が起きていようとも、彼女には欠片も関係の無い話なのだ。
彼女の世界はこの、真っ白で殺風景な部屋だけで完結している。
……結局のところ、やれる事も、やるべき事も無い。
書物をインプットすることも、戦闘シミュレートで暇を潰す事も。何ひとつ無いのだ。
アイリス:「(刺激がやってくるのなら、期待せずそれを待とう。
それだけが私に許された唯一の、自由なのだから)」
純白の壁に隔てられた、出入口すら無い小部屋。
外界と切り離されたそこはまるで──
独房のようですらあった。
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