オープニング2:無機質な”日常”への帰還

 死神ハイドに与えられた暗殺任務は恙無つつがなく成功し、少年はFHセル統制機関へ通じる”直通列車”の中にいた。

 通常、そのような移動手段をひとつのセルが構える事は難しいと言えるが……存在する以上、理由があるのは明白だった。

 車両内には新聞を広げる見知らぬ男が一人のみ。ハイドの正面座席に座っている。……恐らくは監視を兼ねたFH構成員だろう。


ハイド:「(まったく、仕事熱心なこって)」


 盗んできたサンドイッチが最後に残した指先のソースをペロリと舐めつつ、監視役に悪態を孕んだ視線を向ける。手持ち無沙汰になったハイドは特にする事も無く、列車の天井を眺めた。

 その様子を見かねたのか、はたまた。見知らぬ男は新聞を畳み片手を挙げる。挨拶されるまで見知らぬと感じていた男は、見知った軽薄な笑みを浮かべた。


軽薄そうな男:「よぉ”キッド”、さっきは良い腕だったな」

ハイド:「……そりゃどうも。そっちこそ、軽薄な役回りがよく似合ってたぜ」


 キッド呼ばわりの礼に、少しばかり皮肉を交えて応える。


軽薄そうな男:「ははっ! 言ってくれるねぇ。っと、初めましてだな。俺は”オディウス”。よろしくな」

ハイド:「”ファントムヘイズ”。今後ともよろしく……する機会があるかは管理者オーソリティ次第だがな」

オディウス:「まぁな。一度同じ任務を終えた相手とは二度と会う事は無い。それがこの統制機関の基本方針だからな。ま、だからこそ……ほらよ、”戦利品”だ」


 戦利品、そう口にして投げ渡してきたのは、先程のカフェテラスで手に入れたのだろうか、旅行用小冊子だった。

 表紙には『観測史上最大の彗星、日本に最接近! 観測に適した場所を大公開!』の文字が踊っている。


オディウス:「どうせもう会えない相手なら良い印象で別れた方が気分が良い。そうだろ、キッド?」

ハイド:「……変わった奴だな。ま、ありがたくもらってやるよ」


 斜め読みするとオススメ観測地の情報やら、過去の彗星について書いてある。


ハイド:「ふぅん……彗星ねぇ」

オディウス:「どうせ俺達には縁が無いだろうがな。ま、そんなもんはともかく。窓の外見てみろよ、そろそろ俺達の”街”だ」

ハイド:「縁が無い、か。……違いない」


 呟きつつ、物憂げな視線を窓の外へ向ける。その先には──言葉通り、ひとつの巨大な街があった。

 中央にそびえ立つ統制機関の本拠点ビルから放射状に作られた工業都市。

 通常のFH戦闘員はもちろん、一般人に偽装したFH工作員、そして本当に何も知らない一般人が混在し生活している。FHか一般人かを完全に識別する事は、最早不可能と言って良いだろう──ただ一人、管理者オーソリティを除いては。

 総数すら知れない推定一般人達というカモフラージュによって、UGNですら簡単には手出しし難いセル……それが統制機関だ。

 ハイドを運ぶ直通列車もまた、その偽装の恩恵と言えるだろう。


ハイド:「…………」


 無言で顔をしかめる。結局、この街に戻って繋がれるしかないのだ。

 その様子を見て口の縁を満足気に釣り上げたオディウスは、ヒラヒラと振る片手と短い別れの挨拶だけを残し別車両へと去っていく。最後まで、ハイドの名前を呼ぶ事は無かった。


ハイド:「(こうしてまた”日常”が始まるって訳だ。ああ、本当に──)」


 「(息が、詰まりそうだ──)」


 間もなく、統制機関の中央ビルへと到着する。この街から次に外へ出るのは、果たして何ヶ月後か……いや、あるいは年単位かもしれない。

 暗澹あんたんたる気持ちのまま無情にも列車は到着し、少年はビルの内部へと足を踏み入れるのだった──。

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