オープニング2:見知らぬ夢
路地裏を進んだ先、廃ビルの一角。雨風を防げるその場所で二人は休息を取っていた。明日の未明にも街を離れる予定だ。
周囲を警戒し続け、精神が張り詰めているハイドも、今は一時の睡眠を取っている。《代謝制御》によってコントロールされたそれは、浅いながらも疲れを癒すだろう。だが気を張っているためか、別の要因によるものか、ハイドは僅かな間だけ夢を見ていた。
夢の中で、あどけない声が届く――。
幼い声:「ねぇ、“そんなとこ”で何してるの?」
ハイド:「(……誰だ? この声……)」
夢うつつに思考を働かせようとするが、上手く考えが纏まらない。周囲を見回すと、そこはガラクタだらけの岩肌に囲まれた、どこか古めかしい赤い屋根の家。どうやら夢の中では屋根に上ってぼんやりと周囲を眺めていたようだった。
どこかから滝のような轟音も聞こえる……家の立地としては最悪の部類だろう。
ハイド:「……ここ、は――」
脳裏に、僅かな既視感。しかし思い出せない。先程の声の主を探し、視線を周囲に彷徨わせたハイドに再び声が掛けられる。
幼い声:「見た所、君も暇なんだね。話し相手になってくれない? どうせ“大人達”は喧嘩に夢中だからさ」
その言葉と共に屋根へと軽快に飛び乗って来たのは、浅い紫髪をした少女だ。夢という性質が、もしかすると無意識にアイリスを想起させているのかもしれなかった。
ハイド:「……夢か」
纏まらない思考でようやく夢だと認識したハイドは胸の内で、現実の状況を思い返す。
ハイド:「(俺は今、統制機関から……“奴ら”から逃亡している途中の筈だ。だとすれば、目の前に立つ少女は――)」
夢の産物。そう結論付けたハイドは不躾に問い質した。
ハイド:「……誰だ、お前」
ぶっきらぼうな言葉を前に、少女は不思議そうに首を傾げる。
やがて合点がいったかのように頷くと、小さく呟いた。
幼い声(以下、夢の少女):「小さかったから憶えてないか」
ハイド:「あん? 俺の知り合いか? まあ、良く似た奴を知ってはいるが……」
夢の少女:「その子の事は、私も知ってるよ。今は、ね」
目を伏せた少女は顔を隠すようにくるりと後ろを向く。岩肌の上、曇った夜空を見上げながらハイドに語りかける。
夢の少女:「ねぇ、ハイド。ひとつお願いがあるの」
ハイド:「……お願い、ね。どうせ夢だ、聞くだけ聞いてやるよ」
夢の少女:「変わらないね、そういうとこ」
疑問が尽きない中、夢だからと思考を半ば放棄して応じたハイドを小さく笑うと、再び彼の方へ向き直る。
夢の少女:「お願いっていうのは。私を――」
寂しげな笑顔を浮かべたまま、
夢の少女:「――殺して欲しい」
物騒極まりない願いを少女が口にすると同時に、君は現実世界へと引き戻された……。
《代謝制御》による効果か、あるいはあの物騒な夢のせいか。理由は定かではないが疲れの取れたハイドは、上体を起こし、自身の身体を見下ろす。
ハイド:「…………」
廃ビル特有の埃っぽさこそあるものの、目立った外傷は無く、拘束もされていない。……睡眠中に襲撃されるという最悪のパターンは無かったようだ。
もしかすると、共犯者のお姫様が気を払ってくれたのかもしれない――そう思考したハイドは、周囲を見回し、近くにいる筈のアイリスの気配を探す。
ハイド:「……ッ!」
だがそれは空振りに終わった。周囲にアイリスの気配は、無い。
統制機関による拉致か、あるいは――。脳裏に過ぎる、様々な予想。そのどれもが、
一瞬で血の気が失せるも、即座に立ち上がる。
ハイド:「アイリス――!」
廃ビルを飛び出し、夜の街へと駆け出す。アテは無い。
それでも放って置くことは、出来なかった。
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