ミドル4:宵に耽る

ハイド:「……猫宮サイ暗殺の理由、か」


 アイリスが裏で調べていた情報を確認し、ポツリと呟いた。


アイリス:「そう、統制機関には目下別の目的がある。でなければ、互いの寝首をかくFHなんて組織には属さない筈だ。

 水面下で静かに。それこそ空を飛ぶトンボの幼虫、ヤゴのように。静かに力を蓄えればいい。でもそうしないのは何故か?

 表に掲げているのとは、別の目的がある事になる。そして、そのための記録ドライブが――これだろう」


 自身の頭を指先でトントンと叩くアイリス。


アイリス:「もちろん、これ自体が目的に直結はしないだろうがね。だが、ひとつだけ確かな事がある。

 それは統制機関が、私やローレルのようなレネゲイドビーイングを人工的に造り上げる環境を整えているという点。これは『既存のFHエージェント』が足元にも及ばないスペックを有している。

 放っておけば、いずれは大きな脅威となるだろう。

 まぁ知らぬ存ぜぬで通してもいいが、頭の片隅には記録しておいた方がいいだろう、と私は思考する訳だよ、ハイド」

ハイド:「ああ、一応憶えておいた方が良さそうだ。

 そういや統制機関について、俺も引っかかりがあってな」


 そう切り出したハイドは、彼の亡き父ルシサスについて話し出す。


ハイド:「俺の親父、ルシサスは統制機関に遺産『夜の小鳥』を盗みに入って、結局は殺されたんだが……わざわざその葬儀を機関が執り行った。

 今までは気にしてなかった――というか忘れていたんだが、考えてみれば不可解な話だ。

 盗みに入った泥棒の葬式を、盗まれた側が開催する? いくら管理者オーソリティが悪趣味でも、流石にありえない。

 ルシサス……俺の親父と統制機関の間には、俺も知らない関係性があったのかもしれない」

アイリス:「…………」


 彼の父親の顛末。その話で、アイリスの思考にも確かに引っかかる所があった。言うなればルシサスは加害者で、統制機関は被害者の筈だ。明らかに矛盾がある。

 そう考える彼女の脳裏にチラついたのは、つい数刻前の出来事だった。


アイリス:「視点を変えてみよう。まず、被害者と加害者という視点は取り払うべきだ。そこを起点にしては辻褄が合わなくなる」

ハイド:「……そうだな。前提が違っていたのかもしれない」

アイリス:「そこでだ、私なりの仮説を組み込んでみようか」


 人差し指をピンと立て、思考の結果を口にする。


アイリス:「君の父親、ルシサス・バレンウォートは……統制機関の人間だったのではないかな」

ハイド:「――! 詳しく聞かせてくれ。どうしてその考えに至った?」

アイリス:「なに、簡単な話だ。数時間前、猫宮サイの葬儀を視たからさ」


 立てた指をクルクルと得意気に回しながら話を続ける。


アイリス:「猫宮サイ、そしてメイとアンの間に血縁関係は無かった。だが、数日後には名字が猫宮になる筈だったとも言っていたんだ。

 そして彼女達の哀しみや怒りは本物だった」


 その人差し指をハイドに突きつけ、彼女は言い放つ。


アイリス:「それと君の話は酷似している、というただそれだけさ。それに、この手の刷り込みは恐らく管理者の得意分野だ。そうする事で駒の思考回路を狭め、手駒とする。

 ……ほら、ローレルも言っていただろう。“従うしか無い”のだと。もしかしたら、君にもそういう刷り込みがされているのでは、と思っただけさ」

ハイド:「なるほどな、その可能性は否定出来ない。

 ……こうして話すと、色々と視野が広がるもんだ。俺も、ひとつ仮説を立ててみた。聞いてくれるか?」

アイリス:「良いとも。世界が広がる感覚は気持ちがいいからな」


 違いない、と笑うハイドは考えを口にする。


ハイド:「俺の仮説は、統制機関の内部には管理者に完全には従わない派閥が存在している、または存在していた、だ。

 これは、さっきのアイリスの考えが仮に真実だった時に発生する説でな。

 俺の親父は、管理者に逆らう派閥の人間だった。もしそうなら、親父と同じ派閥の人間が、管理者ではなく自分たちの主導で葬式をしたのかもしれない。

 まずは前提としてそこまで、いいか?」

アイリス:「うん、問題ない。それなら辻褄も合うし、現在進行系で統制機関はその指示系統をひとつに纏めつつある、という事にもなるね」

ハイド:「ああ。そしてこの仮説を更に進めると……統制機関に侵入してきたトリカブトの二人。あいつらも元は統制機関の人間、管理者に逆らう派閥に所属していた、と考えられる。

 トリカブトは、アイリスの存在を知りつつも正確な場所までは把握していないようだった。それは過去に別派閥として機関から追放されたからだ、と考えるとある程度は辻褄が合う」


 あごに指を当てながら聞いていたアイリスは、ひとつ頷く。


アイリス:「それなら確かに私の存在を知っていた理由にも説得力が増す。もしくは現在も機関の人間という可能性も考えられるし……猫宮サイがトリカブトと知り合いだったという可能性も浮上するね」


 そこで思考をひとつ区切り、満足気に二人は笑い合う。


アイリス:「これらはあくまで仮説に過ぎないが……うん、実に面白い考察だった」

ハイド:「ああ。お前のおかげで、視野が広がった。ありがと……な――」


 ふと我に返ると、互いの顔が近い。考察に夢中で、気付いていなかったのだ。


ハイド:「…………」


 無言で、ハイドは少しだけ距離を取る。一瞬、視線を彷徨わせた後、歯切れ悪く質問した。


ハイド:「そういやアイリス。お前、今までホワイトルームから出たこと無い……よな」

アイリス:「一切無いが、それがどうかしたのかい?」


 彼の様子に小さく首を傾げながら、正直に事実を述べる。


ハイド:「さっき眠ってた時に、変な夢を見てな……。

 アイリスに雰囲気が似てる小さな女の子に、『私を殺してほしい』って頼まれる夢だったんだ」

アイリス:「……殺してほしい、か。それはまた意味深だな。その少女は他に何かを言及したかい?」

ハイド:「暇を持て余している風だったな。あとは、『大人達は喧嘩に夢中』とも言っていた」

アイリス:「ふむふむ。判断材料は少ないが……私に似ている理由にひとつの仮説を立てる事は出来る。

 そもそも私のような人工レネゲイドビーイングは、人間の細胞を培養ばいようして製造されたものだ。つまり、オリジンとも呼べる存在が居る筈だ。『被検体:アイ』のようにね。

 だからその少女は、“この私アイリス”を形作っている細胞に用いられた人間なのかも……な~んて、仮説にも満たないおとぎ話だな。状況証拠すらない」


 自分らしくもない、と肩を竦めて苦笑したアイリスに、ハイドもまた苦笑で返した。


ハイド:「夢の話だしな。あんまり真に受けても仕方ねぇか。

 ともあれ、これでアイリスが集めてくれた情報も確認出来たな。となると目下の問題は――」

アイリス:「次にどう動くか、だね」

ハイド:「ああ。“ファントムヘイズ”が潜伏しているとバレてる以上、UGNの警戒網が敷かれている可能性は高い」

アイリス:「彼女達はかなりの手練のようだし、なんとか接触せずに逃げおおせる方法を模索してみよう」


 状況は不利だと言える。だが互いに笑顔を浮かべながら議論を重ねる様は、まるで姉弟のようだった。

 だが――そんな二人を不気味に見つめる者が居る事に、まだ、気付いてはいない……。

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