ミドル4:舞い降りる白影
長く一定した電子音がフロアに響き渡る。貨物エレベーターが研究区画へとやってきたのだ。自動運転のフォークリフトによって次々に運び込まれる荷物に紛れ、二人はその内部へと乗り込む事が出来た。
緩やかに降下していく足場は、最後まで乗っていると地下まで降りてしまうだろう。だが頃合いを見計らい、エレベーター脇に存在する非常口から外へと出れば、夜景として視た市街区へと足を踏み出せる筈だ。
間近に迫る脱出を胸に、二人は隠れ潜んでいたが──貨物エレベーターは突如として、その降下を停止してしまった。移動する間もなく、上層階の扉が開かれる音が響いてくる。
ハイド:「(マシントラブルじゃ無さそうだな。盗んだ装備が役立てば良いが……)」
コンテナの中から覗くと、上からふらりと”落ちてくる”白い影がひとつ。
無理な空中制御をする様子もなく重力に任せるがままに見えたが、いつの間にバランスを整えたのか、二人のエレベーターへ着地した──甲高い金属の衝突音と共に。
ローレル:「そこにいるのだろう? 出て来るだけの猶予を残そう」
ハイド:「──アイリス、出るぞ。荷物ごと身動き取れずに吹き飛ばされるよりはマシだ」
アイリス:「……分かったよ。しかし、こうも簡単に居場所を割られるとは予想外だったな」
コンテナから出てきた二人の姿を認めると彼女は僅かに目を細め、あの男が言った通りか、と呟く。
ローレル:「私の個体名はローレル。お前がアイリスで間違い無いな?」
アイリス:「うん、私の個体名は確かにアイリスだが……う~んと、ローレル? 何処かで聞いた名称だ──あぁ、記録のサルベージに成功した。君、戦闘シミュレーションの”元”No.1だね」
ローレル:「そうだ。もっとも、こちらは以前からお前の事を知っていたがな。訓練機材で、アイリスの名前を何度も見かけた。一位の記録を取ることにご執心だったようじゃないか。口ぶりから察するに、記録は越えられたようだな」
アイリス:「その通りだ。今日で最後の記録も私が塗り替えさせてもらったよ。生憎、こちらはそれしかやる事が無かったからね。随分と暇だったものさ」
肩を竦めて見せるアイリスに、ローレルは笑いかける。
アイリス:「それで、私に何の用かな。ただのコミュニケーションで終わるとは考えにくいけど」
ローレル:「いや、ただの挨拶程度さ。少なくとも私にとっては、な。
お前の居場所は
大剣が擦れる金属音を鳴らしながら、一歩、また一歩と近付いてくる。
アイリス:「ふむ、同族からのお誘いというのはそれなりに興味を惹かれるが……すまない。その誘いは断らせてもらおうか。あの部屋には何も無い。ただ同じ日々が繰り返されるだけの箱庭に過ぎない。最初は別に何も感じなかったさ。しかし、今の私には
近付いてくるローレルを真正面に捉え、臆することなく、自身の欲望を口にする。
アイリス:「0と1だけの世界なんて、つまらない。私は刺激を欲している。故に、私という個は外の世界を欲したく思う」
ローレル:「……。残念だが、それは叶わない。夢物語というものだ」
アイリスの言葉に足を止め、視線を隣に立つ少年へと向ける。
ローレル:「”ファントムヘイズ”。貴様には粛清命令が出ている。無駄に血を流すのを私は好まない。大人しく投降する気はあるか」
ハイド:「無いね。粛清命令まで出てる以上、ここに俺の未来は無い。投降したところで血が流れるのが今か後か、その違いがあるだけだろうさ」
即答で返されたというのに、彼女はマスクの下で小さく笑った。
ハイド:「俺はアイリスを盗んで外に出ると決めた。それを違えるつもりはねぇ」
ローレル:「貴様を見ていると苛立ってしまうな」
言葉とは裏腹に遠くを視る目をし、どこか嬉し気に言い放つ。
ハイド:「そうかよ。せいぜい冷静さを失ってくれると助かるぜ。
アイリス。こいつが落ちてきた時の動き、実戦に慣れた奴のそれだった。油断するなよ。お前の方がスコアが上でも、実戦に絶対はねぇ」
アイリス:「分かっているとも。シミュレートでは侵蝕率など無視出来たからね。悪いけど頼りにさせてもらうよ、ハイド」
ローレル:「悪く思わないで欲しい、アイリス。そして……悪く思うな、”ファントムヘイズ”。眼前の標的を見逃す程、私はお人好しでは無い」
彼女の持つ大剣が、擦れて火花を散らしながら構えられる──臨戦態勢だ。
ハイド:「見逃してもらえると思える程、こっちも脳天気じゃない。切り抜けるぞ、アイリス!」
アイリス:「実戦も共同戦線も初めての経験だが、これも悪く無いね。ああ、戦闘シミュレートトップの実力をここで披露してみせるさ。私の実力、とくと見るが良い」
GM:それではミドル戦闘の条件を公開しよう!
エネミーは”ローレル”一人のみ。二人はひとつのエンゲージに存在し、彼我の距離は3m。戦闘フィールドは貨物エレベータ上のため、アイリスとハイドを中心に5m四方までしか移動できない。
戦闘終了条件は『ローレルのHPを一定値以上減少させイベントを発生させる』事だ。
イニシアチブ表
ハイド …… 行動値14
アイリス …… 行動値7
ローレル …… 行動値2
GM:さて、質問はあるかな?
アイリス:質問は無し。いつでもどうぞ。
ハイド:こちらも無しだ。
GM:OK! それではミドル戦闘を開始するぜ!
GM:ラウンド1、セットアップ!
アイリス&ハイド:宣言無し!
ローレル:こちらも無い。
GM:イニシアチブ、ハイド・バレンウォート!
ハイド:行くぜ!
【ハイディングダッシュ】:《陽炎の衣》《光芒の疾走》:〈-〉:自動成功:自身:至近:侵蝕4:メインプロセス終了時まで隠密状態となる。戦闘移動を行なう。
限界の5mまで後ろに下がりつつ、隠密化。からのメジャーコンボ!
【ファントムバレット】:《コンセントレイト:ノイマン》《マルチウェポン》:〈射撃〉:対決:単体:15m:侵蝕5:攻撃力20+4D
攻撃対象はローレル。達成値は(ダイスころころ)34!
ローレル:こちらはガードを宣言だ。ダメージロール、来い。
ハイド:(ダイスころころ)装甲・ガード有効の69点ダメージだ。
ローレル:ガード値で8点軽減し、61点ダメージ。やるな、”ファントムヘイズ"。
アイリス:クライマックス戦闘並の火力だね。凄い。
ハイド:「悪い、前衛は任せるぜ」
アイリスに声を掛け、ハイドはバックステップと同時に姿を眩ます。そして──ローレルが持つ大剣に隠れて死角になる位置から連続で銃弾を叩き込む!
特定できない位置、見えない角度。直撃は免れない……筈だった。
ローレル:「っ、戦闘スタイルまでもか。本当に、苛つかせてくれる」
まるで銃声に反応したかのように、彼女は大剣で銃弾の一部を弾き飛ばす。
GM:イニシアチブ、アイリス!
アイリス:まずはマイナーで戦闘移動。ローレルへエンゲージ。
メジャーで【カタグラフィエッジ】:《コンセントレイト:オルクス》《ディストーション》:メジャー:〈白兵〉:対決:単体:至近:侵蝕4:攻撃力8
対象はもちろんローレル。判定いくよ。
ローレル:ああ。来い!
アイリス:(ダイスころころ)腐ったなぁ……達成値は18。
ローレル:こちらはそのままガードを宣言する。
アイリス:ではダメージロール(ダイスころころ)16、か。腐るなぁ()
ローレル:腐ったな。ガード値を差し引き8点のダメージだ。
アイリス:「前衛は任された(さて、私の剣技がどこまで通用するか……)」
瞬時にローレルとの距離を詰め、鋭い一閃を放つ。
だが戦闘シミュレーションしか経験が無かったツケが、ここで響く。そう、NPCの一般エージェント程度であれば避けようが無い攻撃でも、相手は思考を持った強敵なのだ。
アイリスの一撃は鋭くはあったものの……素直過ぎた。
大きさは違えど同じ剣という武器種。
アイリス:「……あっさり受け止めてくれるな。やはり、実戦と訓練は別物だね」
ローレル:「ああ、全くだ。しかし可愛い奴だ、剣に感情が乗っているぞ」
GM:イニシアチブ、ローレル!
ローレル:マイナーを放棄。メジャーで【
対象はハイド。(ダイスころころ)達成値15だ。
ハイド:避ける以外に道は無いが……(ダイスころころ)ダメだ、命中した!
ローレル:ではこちらのエンゲージに来てもらおうか。ダメージは無いけれどな。
ローレル:「その能力、姿を晒すべきでは無かったな」
ハイド:「くっ……好きで晒したわけじゃねぇっての……!」
重力が縄となり、
GM:クリンナップ。
何も無いのでラウンド2! 互いに宣言の無いセットアップを省略し、イニシアチブ、ハイド!
ハイド:むぅ、仕方ないか。マイナー放棄、メジャーで離脱を宣言だ。5m後ろに下がっておこう。
実は同エンゲージは攻撃出来ないし、移動エフェクトもさっき使ったんだよね。
アイリス:次は私の手番だね。……GM?
GM:(やっちまったという顔)
アイリス:──なるほどね。しかし気にする必要は無いよ。
ハイドの攻撃が一手潰れたなら、私が取り返す。……共犯者だからね、それくらいはして見せないと。
GM:……そうだな。止めて悪かった。
ハイド:OK、では離脱で手番終了だ。頼んだぜ、アイリス。
GM:イニシアチブ、アイリス──!
アイリス:マイナーで《オリジン:サイバー》を宣言! シーン間の【社会】を用いた達成値+2!:侵蝕2
メジャーで【カタグラフィエッジ】:《コンセントレイト:オルクス》《ディストーション》:メジャー:〈白兵〉:対決:単体:至近:侵蝕4:攻撃力8
対象は同じくローレル。判定達成値は──
GM:34!? さっきとまるで違う!
ローレル:こちらはガードを宣言だ。
アイリス:ダメージロール……38点だ!
ローレル:ガード値を差し引いても30点ダメージ。
GM:イベント域には……14点超過して到達!
アイリス:「(同じ剣使い。癖が分かっている以上、直線的な剣閃では攻撃は通らない。そして、ローレルは私よりも戦闘経験が豊富。加えて、先程のような
アイリスは思考を奔らせる。彼女は戦闘シミュレーションで1位を総取りしたが、特段、最初から剣術に長けていた訳では無かった。
アイリス:「(なら、ここは先程のお手本を真似るとしようか)」
彼女の特異性とは”学び”にある。学び、理解し、知識としてそれらを活用する。そうして放たれるのは先程とそう変わらぬ素直な剣閃。ローレルであれば難なくガードできる……筈だった。
アイリス:「さ、これは受け止められるかな!」
ローレル:「見知った剣筋だ。受け止められない筈も──」
しかし剣先がローレルの大剣へ届く直前、剣の姿が大きくブレる。剣筋はローレルがガードした部位を大きく外れ、傷を負わせるに至り──焼け焦げてはいるものの純白だっただろうドレスに、鮮血が滲んだ。
アイリス:「……先程のハイドの攻撃。君に有効な一手のように視えたからね。折角だから真似させてもらったよ」
学びから
ローレル:「……”
剣筋が読めないならば、不本意だが……距離を取らせてもらおうか」
エネミーエフェクト《自在なる斥力》を宣言、アイリスを弾き飛ばす。
ハイド:「ッ、あぶねぇ!」
宙に舞い落下しかけた少女を、少年は身を挺して受け止める。二人が僅かに安堵の息を漏らすと、大きな足音が近付いてくる事に気付く。
その巨漢は、斜めに降りる仕様になっているエレベーターの坂を駆け降り──ローレルと二人の間に割って入るように着地した。
壁のような背中が、眼前に立ちはだかる。その腕に座る紫髪の女性もまた、男の隣で立ち塞がる。
紫髪の女:「約束通り、また会いに来たわ。アイリス」
アイリス:「おや、その声は……あの部屋で会話した人間だね。まさかこんな所で会う事になるとは」
ハイド:「ってことは、あんたらが噂の侵入者二人組か」
紫髪の女:「ええ、探すのに手間取ったわ。
まだ名乗ってなかったわね。彼はカラスバ、私はアイドス。コードネームは二人合わせて”
アイリス:「カラスバにアイドス。うん、確かに記録したよ。……トリカブトは別名アコナイト。即効性の猛毒を持つ植物の名前だね」
記録と同時に、トリカブトに対してロイスを取得するね。感情は好奇心 / 疑問、ポジティブが表だ。初めて私がまともにコミュニケーションを取った対象であり、興味がある。だが、何故私をホワイトルームから出そうとしていたのかは純粋な疑問だ。
カラスバと呼ばれたその大男は、顔だけで振り返り、ハイドを見やる。
カラスバ:「……先の少年、か。済まなかった、な」
ハイド:「……別に。俺は負けて見逃された側だ、文句言える立場じゃねぇよ」
カラスバ:「いや。俺はお前を傷つけるべきじゃ、無かった」
無愛想な声を残し、カラスバはローレルのエンゲージに突入する。
アイドス:「貴女達は離脱なさい。ここは私達トリカブトが受け持たせてもらうわ」
ハイド:「そうかよ。理由は知らないが助かるね。……逃げるぞ、アイリス」
アイリス:「……分かった。一応、ありがとうと言っておくよ。トリカブトの二人」
離脱する二人の背中に、声が掛けられる。
カラスバ:「ひとつだけ忠告、だ。ここのエージェントは、どいつも発信機を付けられていた。恐らくはお前達も、な」
アイリス:「発信機か。成程、道理で位置情報が筒抜けな訳だね。情報提供感謝するよ」
アイドス:「また会いましょう、アイリス。そして……ハイドも」
ハイド:「……情報には感謝する。また会えるかは知らないけどな」
トリカブトに有為 / 警戒、ネガティブ表でロイスを取得。名乗っていない名前を知られていた。何を狙っているかは分からないが、警戒する必要があるかもしれない。
少年少女は戦闘から離脱し、停止したエレベーター脇の坂を駆け降りていく。僅かな時間を置いて、背後から戦闘音が聞こえ始めた……。
彼らは、何故助けてくれたのか。何者なのか。疑問は尽きないが、危機から一応の脱出が叶ったのだ──。
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