ミドル2:一瞬の好機

 葬式会場には重く、沈痛な空気が漂う。ハイドはアイリス達が座る席の少し後方で、連れ戻す機を窺っていた。

 気付けば多くは無い参列者のほとんどが、メイが持っている花束と同じ紫色の花を携えている。

 アイリスとUGNチルドレン達の会話は、気を張っているハイドなら盗み聞く事が出来るだろう。


メイ:「さっきアイリスが褒めてくれたこの花はね、菖蒲アヤメの花。亡くなった猫宮サイさんが好きだったのよ」


 猫宮サイ。聞こえて来たその名前に、ハイドの心臓が跳ねる。

 今更のように遺影を確認すれば、そこに映っていたのは紛れも無く、昨日の昼間にハイドが暗殺したUGN官僚の姿だった。


アイリス:「アヤメ……そうか、これが菖蒲か。確かアイリスの和名だったな。奇遇な事もあるものだ」


 そっと、壊れ物に触れるように花を愛でた後、問いかける。


アイリス:「猫宮サイ、とはどんな人物だったんだ? 皆が彼のために心を痛めている。その様子からして人徳者だったと推察できるが」

メイ:「私たち姉妹の親代わりだった人よ。だから、きっと一昨日までならこう名乗ったでしょうね――猫宮メイ……ってね」


 葬式の場で故人について知らない様子のアイリスを訝しみ、黒い服の少女は疑問を投げかける。


黒い服の少女:「メイ、その人は誰? サイさんの知り合いって訳じゃなさそうだけど」

メイ:「紹介するわ。こちらレネゲイドビーイングの“アイリス”。今日出会ったばかりだけれど、運命的じゃない?」

黒い服の少女:「運命的、ねぇ……」


 若干の呆れ顔を向けられたメイは、少しばかり微笑むと紹介を続けた。


メイ:「アイリス。この子が待ち人で、妹のアンよ」

アイリス:「アン、だな。初めましてになる。成り行きでこの葬式という催しに参加させて貰うことになった。もし、見ず知らずの私がいることで不快に感じるのなら謝罪する。

 私という個はいささか箱入りでな。何もかもが新鮮で未知の情報なんだ。それが嬉しいし、もっと知りたいと思った」

黒い服の少女(以下、アン):「別に。謝る必要なんかない。ただ疑問だったから聞いただけ。アイリスね……良い名前じゃない」

アイリス:「ありがとう。しかし、そうか。“親”代わりか……ともなれば身近も身近な人物だっただろう。心的ストレスは私のシミュレートの範疇はんちゅうを超えると思われる。人間の感情で言えば喜怒哀楽きどあいらくの哀に当たるのだろうか?」

アン:「哀しみ……ん。確かにそれにも該当する。けど……」


 アイリスの言葉に、アンは僅かに思考を巡らせてからゆっくりと答えた。


アン:「……人間って、そう簡単な生き物じゃないんだ。哀しみと一緒に、淋しさも、辛さも――怒りと恨みもある」

アイリス:「そうなのか。難しいな、感情というものは。0と1で構成された機械やプログラムとは大違いだ」


 彼女たちの会話を盗み聞くハイドは、キリキリとストレスを主張する胃袋をなんとか無視しつつ、内心で状況を打開するために考えを巡らせる。だが焦るばかりで、答えを出せずにいた。

 そんな彼の存在に気付かないまま、アイリスとUGNチルドレンの少女たちは会話を続ける。


アイリス:「だが少し疑問だ。怒りと恨みと言ったね、アン。それは天寿を全うした人間には感じない感情ではないか?

 そこから推察するに、猫宮サイは何らかの事故、もしくは殺人によって命を落としたとシミュレートした。どうだろう、合っているかな」

アン:「……その通りだ」

メイ:「アイリス。貴女には、今の私たちの感情を心から理解する日が来ない事を祈っているわ。けど――」

アン:「けど、大切な人を殺されたんだ。せめて仇くらいは取りたい。あの男だけはゆるせない。

 サイさんを殺した、“ファントムヘイズ”だけは……!」


 アンの小さくも、憎悪の籠った声に式場内に緊張が走る。

 その緊張こそが、この場から撤退する最後の機会かもしれなかった。


アイリス:「……!」


 一瞬の熟考がアイリスを過ぎる。

 “ファントムヘイズ”、その単語は記録にある。我が共犯者にして運命共同体、ハイド・バレンウォートのコードネームそのものだ!


アイリス:「(そうか、彼が任務で猫宮サイを……)」


 そこで思考を終了させて、メイとアンの両者を見やる。


アイリス:「……だが、その感情を私もいずれ知る日も来るかもしれない。なにせ、こちら側レネゲイドを知る存在なのだから。まぁ、それまで私が生きていられるかの保証は無いがね」


 そう口にすると席を立つ。この場に私は居てはいけない。無知ながらも、それだけは理解できた。

 アイリスが動いたことで、ハイドもまた、行動を起こすべく僅かに身構える。


アイリス:「ありがとう、メイにアン。私という個は得難い時間と経験を得たよ。だけど申し訳ない。私はここでお暇させていただきたく思う」

メイ:「そう、残念ね。近くまで送っていくわ。誘ったのは私の方だもの」

アイリス:「いや、心配には及ばないよ。君の大切な人の葬式だろう? 私が邪魔をするわけにはいかない。それに……」


 僅かに目を細め、アンを見やる。


アイリス:「私は、家族というものを有さない。しかしそれが尊いものであるとは理解できる。家族との時間を大切にして欲しい」

アン:「もう失われたんだ……もう、いないんだよ――!」


 哀し気な怒りの表情で、アンは視線を返す。

 だがその視界の端に偶然にも……ハイドを。“ファントムヘイズ”を捉えてしまった――。



GM:というところで判定をオープンしますぜ。

ハイド:おいおいおい、死んだわハイド(白目)

アイリス:予測可能、回避不可だね!(ウキウキ)


 連続判定項目:葬式上から脱出せよ(合計達成値18)

 └アイリスを誘拐せよ(〈芸術:窃盗〉最大達成値15 《天使の絵の具》宣言時に固定値+2)

  └ハイドと共に姿を眩ませ(〈情報:共犯者〉最大達成値15 《不可視の領域》宣言時に固定値+2)


ハイド:確認したぞ。なるほど、こういう判定か。ふむ……GM、例によってエフェクト使用の提案なのだが。――、というような感じで周囲の注意を逸らす事は可能だろうか。

GM:ふむふむ、なるほど可能だね。イージーエフェクト以外も使うから、追加で+3のボーナスを進呈しよう。合計して+5だね。

ハイド:これはデカい。ありがとう! ハイドから判定で大丈夫かな?

アイリス:ああ、頼むよ。

ハイド:では《天使の絵の具》と……《陽炎の衣》を宣言して判定!


 ハイドが出した達成値は25、最大達成値の15となった。


GM:流石プロ、達成値が高いな。残りの達成値は3。アイリスの判定どうぞ!

アイリス:了解した。《不可視の領域》を宣言して固定値の+2をいただいて判定だ。

(ダイスころころ)達成値は14。うん、問題なく成功だ。

GM:ほぼ最大達成値じゃねぇか! では描写お願いしまっす!



ハイド:「――ッ」


 目撃された。そう判断した瞬間、大気中に投影した“ハイドの映像”を自身に被せながら、隠密化する。

 そのまま映像のハイドだけを立ち上がらせ、いかにも必死そうな表情で逃走させる。

 隠密状態の本人はアイリスの背後に回り込み、極めて小声で語り掛ける。


ハイド:「アイリス、俺だ。領域を展開して逃げるぞ」


 微小に頷いて了解の意を伝えたアイリスは《不可視の領域》を展開した。葬式会場は光の無い闇に閉ざされ、喧噪が巻き起こる。


アイリス:「(こんな心配をさせたくないが為に、一人で出て来たのに)

(メイとアンは、きっと私たちをゆるさないだろうな)

(最初から……出会わなければ、良かったのに)」


 闇の向こうにいる彼女たちに想いを馳せ――、


アイリス:「(すまなかった、メイにアン。私は……出会うべき人間を、間違えてしまったらしい)」


 ──喧噪の中をハイドと共に走り去るのだった。

 逃走を遂げた二人の耳に残ったのは、『ファントムヘイズを逃がすな』と叫ぶ、少女たちの声だけだった……。

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