ミドル6:”オディウス”という男

 市街区に降り立った二人は裏路地を中心に駆け抜け、直通列車の駅を目指している。宵が深まる中で時刻を確認すると、次の列車が最終となる時間だ。もしもそれを逃した場合、夜を徹して隠れ続けるか、あるいは自らの脚で街を後にしなくてはならない。

 だがそのどちらも、この街全体が統制機関の、いや管理者オーソリティの支配下にある以上、現実的な策で無い事は明白だ。なんとしても最終便に乗車しなくてはならない。

 そんな状況下、先手を打って市街区に配備されていたのだろう、統制機関のエージェントらしき人影が鋭い目つきで警邏けいらしていた。


ハイド:「巡回か。さて、どう動くか……」

アイリス:「時間が無い以上、ここは所謂”ゴリ押し”が最適と私は見るが、どうかな。ハイド」

ハイド:「暗殺専門の相方に力押しで行けとは……勇ましい共犯者もいたもんだな?」

アイリス:「何、私にはそれを成せるだけの切り札があるのさ。必要なら出し惜しむ気も無い。伊達に戦闘シミュレーションのトップを総なめにした訳では無いという事さ」

ハイド:「なるほどな。それじゃあ、その切り札って奴に賭けてみるとするか」


 二人はそれぞれの得物を構え、襲撃のタイミングを計る。

 視線が自然と警邏へと集中し、飛び出す直前──ハイドの肩に腕が回された。


オディウス:「よぉ”キッド”。随分と可愛い子連れてるじゃんか」

ハイド:「ッ!?」


 ハイドは銃のトリガーに掛けた指に力が入るも、ギリギリで発砲を抑える。銃声を立てれば、即座に囲まれる。それだけは避けたかった。


アイリス:「……驚いたな。私は兎も角、気配にさといハイドが背後を取られるとはね。彼の代わりに問うが、君は何者だい?」

オディウス:「初めまして、お嬢さん。俺の名前は”オディウス”。コイツとはちょっとした顔見知りでしてね」


 オディウスはへらりとした軽薄な笑みをハイドに向けると、視線をアイリスに移す。


オディウス:「お綺麗なお嬢さんの名前も、良ければお伺いしたい所なのですが?」

アイリス:「疑問形で問い返してくるのか。回答を渋れば、即座にハイドの首を捩じ切るなりするつもりだろうに。……私の名称はアイリス。統制機関によって生み出された、事象記録特化のレネゲイドビーイングさ」

オディウス:「なるほど、アイリスちゃんね。憶えておこう。

 観察ていた所、警邏が邪魔みたいだな。俺も管理者の野郎には、ほとほと厭気が差していたんだ……ちょいと”手伝って”やるよ」


 ハイドの肩に回した腕を退かし、警戒する二人の脇を通り抜けて通りへ出る。ヒラヒラと手を振りながら警邏の前へ出たオディウスは、何やら一言二言話し込む……笑顔で別れ、警邏は別の場所へと移動していった。

 戻ってきたオディウスは小さなチップを手にしている。


オディウス:「ほらよ。警邏の巡回ルートマップだ」

アイリス:「……それは、さすがに箱入り娘な私でも疑ってしまうな。それを提供する君のメリットとは何だい?」


 チップには決して手を伸ばさず、アイリスにしては珍しく警戒した様子で問いかける。


オディウス:「おいおいいやだなぁ。そんなに怪しく見えるのかい?」

ハイド:「見えるね。あんた何者だ? そう簡単に重要情報を入手出来る奴が、ただのエージェントだとは言わせないぞ」

オディウス:「所謂、幹部エージェントって奴さ。ま、俺くらいになると”顔が広い”んだよ」

アイリス:「ならば尚更なおさらだ。私達に協力するメリットが仮定出来ない。それに先程の私の問いに君は”一度も答えてない”ぞ」


 彼女の指摘に、オディウスは大げさに肩を竦めて見せる。


オディウス:「それはそうさ。答えるメリットが提示されていない。お互い様だ。そうだろ?

 とはいえ……こっちとしては信じてくれても信じられなくても、どっちでも良いんだ」


 指先でチップを弄びながら、軽薄な笑みを浮かべる。彼は愉し気な声音で交渉を持ちかけて来た。だが……、


オディウス:「俺の手元にはお前らが有利になるだろうブツがあり、お前らが管理者を出し抜くならそれはそれで気持ちが良い。それとも──」


 その声音は一段低くなり、値踏みする目でハイドを見やる。


オディウス:「その音のデカい玩具おもちゃで戦うかい? 今、ここで」

ハイド:「……分かった。あんたの思惑に乗ってやる。どの道、ここを切り抜けられなきゃ俺達に先はねぇ。例えこれが罠だとしても──前に進む以外、俺達の道は無いからな」


 ハイドは銃を下ろし、オディウスに歩み寄ってチップを受け取る。


アイリス:「……君がそう判断するのなら、私はそれを尊重しよう。確かにここで戦闘になるのは致命的だ。どのような思惑で協力してくれるのか、私にはまだ理解が及ばない。しかし、協力してくれたのならば、こうするべきだろう」


 少女は軽く頭を垂らして見せた。彼は信用するに値しないため、決して深くは下げられない。しかし、礼を言わないのは……何か違う。そんな気がしたのだ。


オディウス:「可愛い”お人形さん”だ。ま、そのマップを信じるも信じないもお前達次第だ、後は勝手にしろよ」

ハイド:「テメェ……! っ、俺はこの状況で礼を言える程、お行儀良く無いんでな、このまま行かせてもらう。だが──この借りは必ず返す。行こう、アイリス」


 少女は短く返答し、少年に続く。


 ”お人形さん”。オディウスの放った言葉が、彼女の中で反芻はんすうされる。そして、今までの状況下での自身をかえりみて、ひとつ、小さく呟いた。


アイリス:「……人形か。確かにその通りかもしれないな」


 駆け出した足音で、その声は闇夜の裏路地へ掻き消された。

 二人が走り去った後、残されたオディウスは小さく口にする。


オディウス:「さて。これで”観劇”の用意は整った。折角の人形同士の劇。滑稽こっけいな舞台を演じて欲しいものだ」


 冷たい無表情。声もまた、抑揚が無い。

 だというのに、通信端末を取り出し指示を下す時には、陽気な声だった。


オディウス:「あー、お前ら。マップに従いつつ、警備に穴を空けておけ。”事前の手配通り”にな!」


 オディウスと呼ばれる男は指示を終えると、夜の街並みへと溶けていく。

 彼と会話した警邏がすれ違うも、エージェントは先程会話した男だと気付けなかったようだった──。

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