クライマックス前編:ラストチャンス
結論から言えば、オディウスに手渡された巡回ルートマップは正確そのものだった。二人は警備の隙間を縫うように陸橋の
これを渡れば、すぐにでも列車駅まで辿り着ける。だが発車までの時間は、もうほとんど残ってはいない。
ハイド:「……アイリス、相談がある。
街を取り囲む外壁は、近くで見るとやけに大きくて。だからだろうか、その向こう側へ想いを馳せてしまうのは。
ハイド:「都市を抜けた後、お前はどうしたい? どう動くべきか、所感で構わない。アイリスの意見を聞いておきたい」
アイリス:「そうだね……沢山の景色を。より多くの刺激を。したい事は山のように浮かぶが、最終目標は──」
少女は言葉を一度切り、少年からもらった小冊子を取り出して見せる。そこには大きな彗星が印刷されていた。
アイリス:「──これだ。この彗星を見てみたい。それもより良き環境、より良きシチュエーションでだ。それが、今の私が最も優先したい
彼女は滑らかに語る。あの邂逅で受けた刺激をリピートするかのように。
アイリス:「
ハイド:「笑わねぇよ」
端的に答えられた言葉が、やけに意外に感じられた。
アイリス:「そうかい? でも外の世界に出た事のある君にとって、私の得たい刺激とは既に体験した事象だ。……ハイドには退屈なのではないかな」
ハイド:「本気の
またあの笑顔を拝めるならそれも、悪く無い。
その言葉を胸に仕舞い。
ハイド:「──いや、何でもない」
アイリス:「……そうか。やはり、君はロクで無しなどではないね。うん。お人好しで、正直者だ。こんな箱入り娘な私に付き合ってくれるのだから。少なくとも、私はそう結論付けよう。
だから、アイリスという個の私も正直に言おう」
「ありがとう、ハイド・バレンウォート」
目を細め、少年を見つめる。その心にあるのは相手を想う気持ちだけでは無いだろう。
アイリス:「ここから出た私達は運命共同体になるが……同時にトカゲの尻尾足り得る存在でもある。
『もうどうしようもない』
そう君が判断した時は、遠慮なく私を切り捨て、逃げて欲しい。もちろん、私も君がそういう状況下に陥るのであれば、遠慮なく切り捨てさせてもらうだろう。恐らくね」
少年もまた、少女を見つめる。どこか、遠くを見るような目だ。
アイリス:「だから、ハイド。これを君と約束したい。どうだろうか」
ハイド:「ま、共倒れになるよりはずっとマシだな。いいぜ、乗ってやる。ただし、俺からもひとつ約束の提案だ。
そんな状況に陥らないよう、互いに全力を尽くす──ってのはどうだ」
彼女は二つ返事で即断する。悩む必要など、どこにも無い。ここまでの逃避行と同様に、互いの力を合わせる事と何も違わないのだから。
彼ならば、”信用”できる。これまで数回に渡っての確認を経て、少女から少年への絆は多少なりとも、強固な物に変わっていた。その事実は、彼女にとって新たな刺激に他ならず……自然と、笑みが零れ出た。
こんなにも刺激をくれる存在が眼前に現れ、導いてくれる。それはまるで──
アイリス:「(夜空に浮かび北を指し示すらしい北極星のようだ)」
──ハイドという少年の存在を、アイリスは心の中でそう結論付けた。
アイリス:『運命共同体 尽力 / 諦観』ポジティブ表でロイスを取得。これをSロイスに指定しよう。
ハイド:「……行くか。あと少しで、このクソッタレな都市ともお別れだ」
微笑む彼女をどこか眩しそうに見た後、少年は陸橋に続く階段を登っていく。
運命共同体。互いが生命線の共犯者。
自分が、彼女とそんな関係を結ぶ事の、なんと
ハイド:「──あんな日常に後戻りは、ごめんだからな」
呟き、進み続ける。それだけが、二人に許された道だと信じて……。
ハイド:『共犯関係 尽力 / 諦観』こちらもポジティブ表でロイスを取得。即座にSロイスに指定する。
少年少女は陸橋へと上がる。長く、遠い一本道……それは、二人の征く道を象徴するかのように感じられるかもしれない。
数歩、足を踏み出した所で……ハイドは気付き、手でアイリスを制止する。
前方、陸橋上に多数のエージェントが隠れている。恐らくは光学迷彩の類だが、遺産に裏打ちされた能力で見破ったのだ。
だが彼が気付くと同時、陸橋の下からも大勢のエージェントが集まって来る!
ハイド:「チッ、囲まれたか……」
一触即発の気配が周囲を満たす中、エージェント群を割るように姿を現わしたのは、ローレルだ。
ローレル:「先程ぶりだな。アイリス、ファントムヘイズ。今度は邪魔など入らない。周囲のエージェントも、私の相手をするなら手出しはさせないと約束しよう」
ハイド:「……まあ、そう簡単には逃がしてくれないよな。アイリス、行けるか?」
アイリス:「もちろんだとも。しかし、これは困ったな。発信機は破壊した筈なのにこうも簡単に見つかってしまうとは。
まるで、星が私達を常に監視しているかのようだ」
ローレル:「星、か。だとすればそれは凶星だな」
赤黒く汚れた純白のドレスを身に纏う彼女は、少年へと視線を向ける。
ローレル:「ファントムヘイズ。いや……”ハイド・バレンウォート”」
僅かに目を細め、ゆっくりと、口にする。
ローレル:「……お前は本気で、アイリスを連れ出すつもりなのか? その先で何が待つとも知らないだろうに」
ハイド:「ああ、そうだ。俺はアイリスとここを出て行く。
何が待っているかなんて関係ないね。やりたいようにやり、盗みたいように盗む。それだけだ」
アイリス:「そういう事だローレル……私の同類。私とハイドは共犯者であり、運命共同体となった。それに……」
眼前まで迫った壁を見据える。それはまるで、遠くの星を観るかのような諦観の視線だった。
アイリス:「この壁の向こうには、私の
歪の剣を引き出し、ローレルに向けて構える。
アイリス:「故に、誘いを受け入れようじゃないか、ローレル。君をここで退けて、私は外へ出て行こう!」
ローレル:「……数奇なものだ。それともこれが──いや。どちらにせよ関係の無い事か。……ならば、私も一切の感傷を捨ててお前達と相対しよう」
彼女もまた、大剣を構え。
ローレル:「アイリス。そしてバレンウォート。死にたくなければ。そして街を後にしたいならば──全力で抵抗すると良い」
GM:それでは、クライマックス戦闘の条件を開示しよう。
エネミーは”ローレル”1体のみ。二人は1エンゲージに存在し、彼我の距離は2m。
陸橋上での戦闘となるため、二人を中心に幅2m、前後5mずつの戦闘フィールドとなる。戦闘終了条件は『制限ラウンド以内にローレルを戦闘不能にする』事だ。
制限ラウンドは2ラウンドだ。また、1ラウンド目が終了した時点でアナウンスが発生する。
イメージとしてはラウンド経過で最終列車に乗り込むことが出来なくなり、脱出の機を逸する、という具合だ。
ハイド:なるほど、イメージ掴みやすいね。
GM:そしてもうひとつ。ローレルもまた二人と同じく、”RDロイスとしてオリジナルデータが組み込まれている”。
RDロイスがこのキャンペーンのエネミーにおいて重要な役割を持つ。
まえがきで書いた『データと設定が噛み合う』ために取った策だ。
ハイド:ほう、面白い試みだね。
アイリス:そうだね。どんなデータなんだろう。
GM:楽しみにしていておくれ。
では戦闘開始直前に……。
ローレルが構えた剣をひとつ振ると、強力なレネゲイドが精神を斬り裂く刃となって襲い掛かる──。
GM:衝動判定だ! 難易度は〈意志〉9。だがここでローレルがEロイスを複数宣言する。《堕落の誘い》《悪意の伝染》だ。これらは《ファイトクラブ》によるものだと明言しておこう。
ハイド:(ダイスころころ)達成値9! セーフ……!
アイリス:こちらは《ヒューマンズネイバー》の効果でダイスが+1個で判定だ。
(ダイスころころ)こちらも9で成功だ。
二人は2D10の侵蝕上昇を受けるも……。
アイリス:5!
ハイド:4!
GM:衝動の管理完璧かよ、さすがFH。
アイリス:「君が相手ならやり過ぎて殺してしまう事もないだろうから……シミュレーターではない、現実の今ここで。文字通り全身全霊で君に挑もう──!」
彼女の叫びが、戦闘の火蓋を切る!
イニシアチブ表
ハイド …… 行動値14
アイリス …… 行動値7
ローレル …… 行動値2
GM:ラウンド1、セットアップ!
アイリス:早速だけど、宣言させてもらおう。
『ラストラン』を宣言! シーン間の判定ダイス+10個、攻撃力+10、侵蝕率+20、BS:暴走を付与。
ローレル:こちらは《小さき魔眼》を宣言だ。ラウンド間、バロールのエフェクトを用いた攻撃力+10。
敵の眼前であるというのに、あろうことかアイリスは
だが瞼を閉じ、開ける。その一連の動作を行なった直後、アイリスのレネゲイドはローレルにも劣らぬ程の強烈な波動となり周囲のエージェント達を強制的に尻込ませた。
この動作は彼女が本気で戦闘シミュレーションを開始する際に行なっていた、一種の戦闘ルーティン。行なう事で、自らのリミッターを強制解除したのだ。
驚異的なまでに跳ね上がったレネゲイド出力は彼女の背中に翼となって現れた。
アイリス:「──
ローレル:「肌を突き刺すレネゲイド──手足が痺れる感覚が、空気を介して伝わってくる。……なるほど、訓練も馬鹿に出来ないらしい」
目に見える程に高まったレネゲイドによる翼。それを前にしても臆することなく、ローレルは大剣を構え直す。
ローレル:「ならば、こちらも
GM:イニシアチブ、ハイド・バレンウォート!
ハイド:限界の5mまで下がりつつ、隠密化だ。
【ハイディングダッシュ】:《陽炎の衣》《光芒の疾走》:マイナー:〈-〉:自動成功:自身:至近:侵蝕4:メインプロセス終了時まで隠密状態となる。戦闘移動を行なう。
そしてメジャーで【ファントムバレット】:《コンセントレイト:ノイマン》《マルチウェポン》:メジャー:〈射撃〉:対決:単体:15m:侵蝕5:攻撃力20+4D
攻撃対象はローレル。達成値は……(ダイスころころ)25か。
ローレル:こちらはガードを宣言だ。だが、簡単には通さんぞ。
ハイド:ならダメージで押し通す! (ダイスころころ)ガード装甲有効の55点ダメージだ。
ローレル:ガード値で8点、更に《ひらめきの盾》を宣言しダメージを更に10点軽減する。実ダメージ37点だ。
ハイド:「出し惜しみはしねぇ。行くぜ」
バックステップと同時に隠密化し、間髪入れず急所を狙って銃を連射する。直撃すればオーヴァードと言えど無事では済まない筈だ。
だが引き摺るように構えられていたローレルの大剣が”隠密化と同時に”急所を守った。
ローレル:「この狭い空間だ。下手に位置取りするより即座に仕留めるのがセオリーだろう。そして、そういう輩を好きにさせると面倒だと分かっているのでな」
ハイド:「チッ……こいつ、やっぱ隠密型と戦い慣れてやがる……!」
GM:イニシアチブ、アイリス!
アイリス:マイナーで戦闘移動、ローレルにエンゲージする。
メジャーで【カタグラフィエッジ】:《コンセントレイト:オルクス》《ディストーション》《背教者の王》:メジャー:〈白兵〉:対決:単体:至近:侵蝕8:攻撃力30
対象はローレル。判定、征くよ!
ローレル:ああ。来い!
アイリス:(ダイスころころ)達成値77!
ローレル:こちらはガードを宣言。同時に……。
RDロイス『
(ダイスころころ)31点のHPロスだが、これでガード値は58になった。
アイリス:さて、どこまで喰らい付けるかな。ダメージロール(ダイスころころ)70点だ。
ローレル:通るか……! 軽減して12点のダメージだ。
アイリスは一度目の戦闘時を遥かに超えた速度で接敵──レネゲイドを放出し続ける翼を推進力代わりにしているのだ。
アイリス:「さて、これならどうかなっ!?」
有効打を与えた”
ローレル:「推進力としてレネゲイドを用いるか。”似た芸当に行き付く”とは偶然、いや必然だな」
明らかに身の丈に合わぬ大剣。それを恐るべき疾さでアイリスへの防御に転じさせる。だがそれは腕の力で振るわれたのではなく、至近距離で斥力を操作する事で大剣を弾き飛ばして間に合わせたのだ。
アイリス:「これすらも防ぐのか。さすが、と言わざるを得ないね」
ローレル:「当然だ。未だ果たされぬ”約束”のため。
アイリス:「……(約束。何故、自身の力で傷付いてまで彼女は私と戦うのだろうか)」
GM:イニシアチブ、ローレル……の前に。
ローレル:《加速する刻》を宣言。即座に行動する。
【
ミドルと同じくエンゲージ外のハイドが対象だ。(ダイスころころ)達成値15。
ハイド:チッ、またそれか……!(ダイスころころ)躱せねぇ!
ローレル:命中だ。ダメージ0で引き寄せるぞ。
アイリス:余程ハイドの能力を警戒視しているように見えるね。
GM:からの本来の手番だ。イニシアチブ、ローレル!
ローレル:【
これで二人同時に攻撃する。(ダイスころころ)達成値は38。
アイリス:私はバッドステータスの暴走を受けているからリアクション不可だね。速度の反動で身体が追い付かない。
ハイド:……リアクションを放棄、受けてやる。
ローレル:ダメージは(ダイスころころ)54点だ。
ハイド:戦闘不能……だがまずは40点、お返しするぜ!
《鏡の盾》:オート:〈-〉:自動成功:効果参照:効果参照:侵蝕8:受けたHPダメージを40点まで相手にも適用する。
更に戦闘不能になった瞬間に宣言!
《ラストアクション》:オート:〈-〉:自動成功:自身:至近:侵蝕5:戦闘不能時、即座にメインプロセスを行なう。
アイリス:凄いな、実質ラウンド3回攻撃か。
ハイド:先程と同じコンボでローレルを攻撃。(ダイスころころ)達成値26(ダイスころころ)ダメージ58点だ!
ローレル:ガードでの軽減を合わせても二つで90点ダメージか……!
二人はフィールドの端まで吹き飛ばされ、戦闘不能になる──だが!
アイリス:『狭い部屋』のロイスをタイタス昇華、私は立ち上がる。
また、あの刺激の無い部屋に戻るのは我慢ならない!
ハイド:『統制された日常』をタイタス昇華して、俺も立ち上がる。
あの腐った日常を蹴り飛ばして、前に進むと決めた!
アイリスの攻撃を防いだローレルは加速度の付いた大剣から片手を離し、再び重力の縄でハイドを捕え寄せると、慣性のままに身体ごと回転させて薙ぎ払う!
柄を握る腕はオーヴァードであっても耐えきれなかったのか、青黒く内出血している。
ハイド:「ごふっ……!」
強力な斬撃を受け、引き寄せとは逆方向に吹き飛ばされる。だがハイドの握る2丁拳銃の銃口に、光が集う。それは空を焼く音と共に発射され、今までの実弾よりも更に速く、ローレルの身体を貫いた。
ハイドが今まで隠してきたカード。レーザーによる攻撃だ。
アイリス:「──っ!(ハイド、ここに至るまで切り札を隠していたのか。そして切り時を見誤る事も無い。全ての攻撃が彼女へ吸い込まれていく)」
吹き飛ばされ、体勢を立て直したアイリスが見やるのは焼かれ、斬られ、そして己の行動で傷付いたローレルの身体だ。見るだけでも痛々しいのが伝わってくる。だというのに、彼女は眉ひとつ動かさない。
アイリス:「私にはまだ理解できない。その”約束”とやらは、君が傷だらけになってでも果たされるべきなのか?」
少女は苦痛に表情を歪めながらも、疑問に思うその心は止められなかった。
真っ直ぐな言葉に、瞳に……心に。ローレルは目を背けた。
ローレル:「果たされるべきなのでは無い。果たされる事を──欲して止まなかったのだ。もはや彼は果たそうともしていないのやもしれない。
けれど、管理者に従い生き延びる他、私には道が無い」
戦場に充ちる、僅かな静寂。周囲のエージェントすら、
それを破ったのは、少女の言葉だった。
アイリス:「…………ローレル。それが君の選ぶ道なら私は何も言うべきでは無いのだろう。だが、これだけは判断出来るから言わせてもらうよ。
もし、その”約束”が果たされると仮定してだ。その時、怪我を
ローレル:「……お前も、いつか分かる時が来る。
約束が、いつしか呪いに変貌して縛り付けてくる。そんな時が来れば」
ローレル:『
……RDロイスは、自分自身へのロイスだ。つまりこの瞬間、私は自身への望みを、捨て去った。
アイリス:「……さぁ、戦闘に戻ろうか。私も君も、決して退く事は出来ないのだから」
ローレル:「ああ、戦いに戻ろう。……だが、お前の力はこの程度では無いのだろう? 全力で来いと言った筈だ、アイリス」
剣を構えて彼女達は対峙する。互いに、負ける訳にはいかなかった。
アイリス:「……分かった。ならここで宣言しよう。次の一手は、全身全霊を尽くした私の全力だ」
アイリスは静かに剣を正面に構え、力を蓄え始める。急激なレネゲイドの上昇を感じる──並の一撃では無いだろう。
アイリス:「受けてみると良い。シミュレーションで
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