エンディング:宵闇にベルは鳴る
圧倒的なレネゲイドの奔流によって高い壁──ローレルを制した二人。だがその時、遠くでベルが鳴り響いたのを聞き取る。最終列車は、発車してしまったのだ。
周囲には大勢のエージェントが未だ陸橋を取り囲み、ローレルとアイリスが膝を突くと同時にジリジリと距離を詰め始めている。
アイリス:「……参ったな、ここでどん詰まりか。私にはもう切り札も余力も残されていない」
ハイド:「クソッタレが……ようやくここまで来たってのに……!」
ローレル:「……すまない。手出しはさせないと約束したにも関わらず、このような──」
迫る追手に銃を向けるハイドにも余力はほとんど残っておらず、ローレルも最早押し止めるだけの力など無い。
一触即発。戦う事はおろか、逃げる道すら無い。
行き詰まりの状況下、ローレルは俯いたまま小さな声で近くにいる二人に語り掛ける。
ローレル:「……そのまま聞け、アイリス、バレンウォート。
3カウント後に、何も考えず陸橋から飛び降りろ。分かったら両手を挙げ、降伏の素振りを取れ」
ハイド:「っ……」
アイリスに目くばせしたハイドは、ゆっくりと両手を頭上に挙げる。状況を動かせるなら、この際どんな手段でも構ってはいられない。
だが、その一瞬。アイリスの思考はフリーズしていた。ローレルの意図は読めず、戦況は絶望的。加えて、身体は先の攻撃でとうに限界を超えている。
これは策謀の一手なのか、救いの一手なのか。その判断すら付かない。こんな記録も知識も、彼女のデータバンクに記録されている訳も無かった。
しかし、少女の視界の端に黙って両手を挙げた少年の姿が映る。
アイリス:「(そうだ、私はもう決めたのだった。
ならばもう迷う要素はどこにも無い。二人は未だ『運命共同体』で、その契約は破棄されていないのだから。
先走る思考を敢えて放棄し、ただ黙ってハイドに倣い降伏の素振りをして見せた。
ローレル:「良い子だ……」
二人が降伏の構えを取った事で、周囲のエージェントは銃口を僅かに下げた。……あれだけの力量差を見せ付けられた直後なのだ。可能であれば彼らとて戦闘は避けたいのだろう。
ローレル:「……3……2……1──」
ハイド:「……ッ!」
おもむろに身体を起こし、ハイドは駆ける──アイリスに向かって。
華奢なその身体に腕を回し、軋む身体に鞭打って抱え上げる。彼女が限界を迎えているのは、ローレルの言葉への反応の遅さから明白だった。だから──、
ハイド:「跳ぶぜ、アイリス」
最後に残していた一欠片の余力を振り絞り、陸橋の
ローレル:「行け。アイリス、バレンウォート……広い世界を感じて来い。
──果たされない、私の約束の代わりに……」
──二人の逃避行は、始まりを告げた。
アイリス:「──っ」
何だろう、ローレルへの、心を締め付けるようなこの感情は。燃え
今の私には、この感情を定義する事は叶わない。何もかもが、足りない。でも、何か。何でも良い! 彼女に向けて、何かを贈りたい!
「──あぁ、行ってきます」
だからせめて、言葉を贈ろう。
私達を見送ってくれる彼女へ、精一杯の心を込めて。
ハイド:「いつか借りは返す──”約束”だ」
二人の声が聞こえたかは、定かでは無い。だが──彼女は、優しい瞳を
列車は壁を越え、統制機関の威容は遠ざかる。
──誘拐。
この選択が正しかったかは、今はまだ分からない。
だがひとつだけ確かな事がある。
それは──統制機関の壁に阻まれた内側からでは、東に昇り始めたこの煌めく太陽の
光へと向かい、列車は
もはや、後戻りする道など無いのだから──。
アイリス:「(また、新しい物を視た。世界とは、こんなにも眩かったのか)」
赤い朱い太陽の彩に目を細めてから、少女は自身を抱き上げる少年を見た。
アイリス:「(この選択は、愚かだったやもしれない。失敗だったのかもしれない。でも、それも、良いかもしれないな)」
そんな矛盾した思考を意外だと笑いながら、
アイリス:「ハイド。これから、よろしくな」
ハイド:「──おう。行こうぜアイリス。どこまでも──絶対に、お前と逃げ切ってやる」
少年との未来へ想いを馳せるのだった。
統制機関のセルから逃亡する事に成功したアイリスとハイド。だが、その行く手には多くの障害が立ち塞がる事だろう。
あるいは、互いとの未来へ想いを馳せた相手こそ、最大の──。
真実は、未だ煙に包まれたまま。太陽の鮮やかさには、遠く及ばない……。
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