ミドル3:隠蔽と隠密

 研究区画と書かれたドアの隙間から中の様子を窺うと、どうやらフロア全体が研究施設となっているようだった。白衣を纏う研究者達は、淡い緑に光るいくつもの培養ポッドの周辺を忙しなく動いている。

 フロアの最奥には大型の貨物エレベーターらしき扉も見え、そこまで辿り着ければ一気に下層へと降りていく事も可能だろう。しかし隠れられそうな場所はいくつか見受けられるが、ただ闇雲に突破できるような場所では無い。

 隠蔽と隠密。二人の能力を合わせて進めば、あるいは──。


ハイド:「さーて、腕の見せ所だな……進む以外に道はねぇ。覚悟は出来てるよな?」

アイリス:「もちろんさ。ハイドと私のエフェクトを交互に使用して、研究者達の目を誤魔化そう」

ハイド:「OK。まずは俺が隠密で先行して、広域知覚でルートを探る。アイリスはそのルートを隠蔽しつつ進んでくれ」

アイリス:「ん、了解したよ。それじゃあ先鋒は任せるね」

ハイド:「おう。行ってくる」


 ハイドは《雑踏の王》で研究員の行き来が少ない場所を割り出し、隠密化。物音に注意しつつ、手近なポッドの影まで進んでいく。


ハイド:「……(まずはここまでだな。互いに離れ過ぎてもフォローできねぇ)」


 ポッドの影に潜みながら姿を露わにし、周囲を警戒しながらハンドサインでアイリスにルートを指示する。メッセージを受け取ったアイリスは《不可視の領域》を展開し、物理的な死角を作り出してハイドの待つ培養ポッドへと歩いていく。

 だがその過程で彼女の視線はポッドに流れた。


アイリス:「(……? これは一体何を培養しているのだろう。ポッドがあるのはデータバンクにあったけど、何が培養されてるかは機密情報だったからな)」


 見た所、ポッドの中には人間が……いや、恐らくはレネゲイドビーイングだろうか。同一個体では無いものの、大勢の”人を模した存在”が入っている事が窺い知れる。


アイリス:「(ふむ、私と似たようなものかな。その理由までは分からないけど、培養してるからには何かしらの用途がある筈だ。……とはいえ、ここで時間を食う訳にはいかないな)」

FH研究員:「おい、お前!」


 アイリスがハイドの元まで辿り着いた時、フロアに男の声が響く。


FH研究員:「何度言ったら分かるんだ。同じミスを何度もするんじゃない!」


 緊張が走った二人だが、どうやら研究員の一人がミスを犯したようだった。平謝りした研究員は、二人が隠れるポッドの反対側を早足に通り抜けていく。

 慌てていたからだろうか、その際に一枚の研究資料を落としていった。手を伸ばせば拾えるだろう。


アイリス:「……ハイド。あれに興味があるのだけど視てきても良いだろうか?」

ハイド:「……手短に頼むぞ」

アイリス:「助かるよ。何、コンマで終わるさ」


 《不可視の領域》で近付き、手早く資料を観察する。《イージーフェイカー:写真記憶》により、言葉通り瞬時に記憶してみせた。


アイリス:「どうやらこの培養ポッドは死んだ人間の細胞を培養してるらしいよ。残念ながら目的までは分からなかったけどね。

 あと、被検体の一人は『アイ』と呼ばれる人間らしい。偶然にも私と名前が似ているね。面白い事もあるものさ」

ハイド:「なるほどな。管理者オーソリティの奴、趣味が悪いにも程があんだろ……まあいい、進むぞ」


 先ほどと同様の手口で研究フロアを順調に突破し、二人は貨物エレベーターの搬入口脇に辿り着いた。だがアイリスの視線はまたしても別の物へと移ってしまう。恐らくは彼女の好奇心と性分なのだろう。


アイリス:「ハイド。私の記録によるとこれは運搬物資を運ぶためのエレベーターだ。つまり、この中に紛れる事も出来る。だが、私達が入り込むスペースが無い。

 そこでだ。これの一部をここで頂戴してしまおう。セルの経理データによると、この中に一通りの物は揃っている筈なんだ」


 隠れ潜み、研究者の視線を避けながらフロアを進んできた。こんな状況でも少女は目を輝かせ、心底楽しそうな笑顔を浮かべながら口にする。


アイリス:「頂戴、拝借する。所謂『窃盗』だね。……うん、悪事の筈だがこうもワクワクするのは何でだろう、不思議だ!」

ハイド:「盗みか。その殺し文句はズルいぜ、アイリス……よし、頂いちまうか」


 少年は得意気にニヤリと笑い、物資の山を見上げた──。



GM:ということで調達判定だ。各自、欲しいブツを指定して判定しておくれ。

ハイド:そうだな、『UGNボディアーマー』に挑戦しよう。アイリスは?

アイリス:『強化ビジネススーツ』に挑戦しても良いかな。

GM:もちろん良いとも!


 二人は調達判定に挑戦し、望み通りのブツを盗み取った。これでまた強くなってしまったのか……!

 私は戦々恐々としつつも本編の描写へと戻っていく。



ハイド:「さて……とりあえずアイリス、お前はあれだ。服を探せ、な」

アイリス:「うん? 服なら既にこれを着ているけど、更に着込む必要性があるのかい?」


 素肌に羽織ったパーカーの裾をひらひらとして見せるアイリスに、ハイドは目を逸らしながら理屈を並べたてる。


ハイド:「……、ああそうだ。服は防御力や耐寒性に直結する。外に向かうなら絶対に着ておいてくれ」

アイリス:「ふむふむ。確かに道理だね。君がそう言うなら何か選んでおこう」


 彼女は一目散に物資コンテナのひとつに跳び乗り、無造作に戦闘服を引っ張り出す。


アイリス:「うん、やっぱりここにあったか。データ通りだね。しかし、あれだな……これから戦闘もあると考えると、長髪は邪魔になるだろうか。どう思うかなハイド?」

ハイド:「そうだな、邪魔になるかもしれないが……よし、ちょっと待ってろ」


 物資の中から髪留めを取り出し、アイリスに差し出す。


ハイド:「ほら、これで結っとけばマシになるだろ……って、この常識知らずに出来るのか?」

アイリス:「物は試しさ。ありがとう、早速試してみようじゃないか」


 髪留めを受け取り、自らの髪を結い始めるのだが……やったことも、関連の知識も殆ど無いアイリスは絡ませる程度にしか出来なかった。


アイリス:「ぁ~……すまない。どうやら私では上手く結べないようだ。申し訳ないが、ハイド。君が私の髪を結ってくれないだろうか。ほら、手先が器用そうだし」

ハイド:「……まあ、そうなるか。しゃーねぇ、痛かったら言えよ」


 物資の影に隠れながら、少年は少女の髪をかし始めた。くしなんて上等な物は無く、手櫛でその長髪をいていく。


ハイド:「アイリス、お前──結構良い髪質してるな……」


 小さな声で呟きながらも、素早く、それでいて丁寧な慣れた手付きだ。

 あっという間に、アイリスの長髪を二束の三つ編みに仕上げていく。


ハイド:「クセの無い髪だな。扱いやすくて助かる……っと、完成だ。これでちょっとは動きやすくなるだろ」

アイリス:「レネゲイドビーイングだからね。何もしなくとも髪質は良い状態に保ってるのさ。さて、それでは先程の戦闘服に着替えて──」


 おもむろにパーカーを脱ぎ去ると、戦闘服を身に着けていく。眼前で繰り広げられる着替えに、ハイドは思わず顔を逸らした。


アイリス:「うん、これは動きやすくて良いな。服もそうだが、何より髪が鬱陶しくない。ありがとうハイド。確かに君の助言を受け入れて正解だったようだ」

ハイド:「……、あー。着替え終わったか? そっち向くからな?」


 向き直ると小さな溜息を漏らす。一呼吸置いてから、話を切り出した。


ハイド:「……よし、アイリス。お前に大事な話をしておく。よく聞け。いいか、裸はそう簡単に他人に見せるな。裸を見せても良いのは……そうだな……」


 僅かに思考を巡らせる。どんな条件付けなら、今後こういった事故めいた出来事が起きないだろうか、と。


ハイド:「──お前が心から大切だと思った、唯一無二の相手だけにしておけ。いいな……いいな?」

アイリス:「う、うん。何故そこまで圧を掛けるのかは理解出来ないが、心に留めておくよ」

ハイド:「ああ、そうしてくれ……少なくとも、出会って間もない俺みたいなロクで無しに見せるんじゃねぇ」

アイリス:「裸は『心から大切な人』にだな、確かに覚えておくとする。だがひとつだけ反論させてもらうけど」


 少女は少年の目を真っ直ぐに捉える。


アイリス:「君は所謂、ロクで無しには該当しないだろう。何故なら、こうして私に良くしてくれるからだ。ロクで無しという奴は他人の迷惑を顧みず、己の欲望だけに忠実な者を指す言葉だろう? その点、ハイドは異なる点が多い」


 ハイドは、彼女の視線から逃れるように、目を逸らした。


アイリス:「付き合いはまだ短いが……そうだな、『お節介』という性格に該当すると判断するよ。君自身の自己診断とは異なるのかもしれないけどね」

ハイド:「……。いや。俺は──」


 静かに。どこか、自嘲気味に。


「俺は、ロクで無しさ」


 どこか遠くを見る目で、呟くのだった──。

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