第46話 ミツルさん💛井上課長 お別れです。

「たった十分で課長さんとお別れしなさいと言われても、困ってしまいます」


「……僕も、なんて言っていいか分かりません」


───けど、あなたに会えて嬉しかったです!───


「……ミツルさん、ハモりましたね」


「本当だ。歌でもハモる練習しましたね」


 一気に僕は落ち込む。ミツルさんとのカラオケは楽しかったな。僕が気分良く歌うとミツルさんはその度に音を止めてしまったね。


「課長さんの自慢の歌声、私好きですよ。ハハハのハサンセンコクは歌詞がいまいちでしたが、あんなに盛り上がった曲はありません。ハハハ」


 ミツルさんが白い歯をこぼしながら、ハハハと歌う。


「……ミツルさん、僕の仕事を全力で応援してくれるって言ったのに、なんで僕たち別れるのでしょう?僕は寂しい。ミツルさんは知っていて、そんな約束を?あっ、ごめんなさい。ミツルさんを責めても仕方ありません」


 俯くミツルさんに僕はもうこれ以上言ってはいけない気がした。


「……課長さん、ユカちゃんの結婚式の日は決まりましたか?いつですか?もし、まだその日、私が誰にも買われていなければ、駆けつけたいと思います」


 買われる……そんな悲しい言葉を使わないで欲しかった。


「……ユカから連絡が来たらすぐに知らせますね。けどいい事を思いつきました。僕がミツルさんの所有者、いや。お友達になれば、ずっと僕達一緒です」


 そうだ、そうしよう。せめてユカとユウト君の結婚式の前後一週間、ミツルさんをレンタルすればいいのだ。


「課長さん、残念なお知らせですが、私はもう課長さんの所に行く事は出来ないのです。カケル長老から言われています。同じ人の物にはなれないそうです」


 僕はかなり落ち込んだ。ではどうすればいいのか。本当にこの十分だけが僕とミツルさんとの大切な時間なのだ。明るくサヨナラしたい。


「……ミツルさん、ミツルさん、僕は本当に貴方に出会って良かったです。妻を、カヨコの事をもう一度好きになりました。ずっと僕を支えてきてくれたカヨコが愛おしいと、ミツルさんのおかげで思う事ができたんです」


「課長、それなら、私もお礼を言わせて下さい。課長が涙をこぼしながら、ビデオを見ていたあの夜、子どもを思う親の姿を目の当たりにして、私も家族を持ちたいと思いました」


 ミツルさんは独身だったんだ。あの夜、僕の拳を優しく撫でてくれていたから、てっきり子供がいるんだと思っていた。


「……ユウト君はどうですか?敬語が使えるようになりましたか?課長さんといれば、自然に話せるようになるでしょう。課長さん、息子もできるんですね、楽しみじゃありませんか」


「ふふ、そうですね。ミツルさん、ユウト君へのプレゼントありがとうございました。オモチャの仕掛けに感動しました。本当に貴方は優しい人です」


 僕は心からミツルさんに感謝した。


「もう、お別れの時間がきたみたいです。ミツルさん、僕は貴方の事を絶対に忘れません。貴方の姿も優しさも………さようなら、さようなら」


「……課長さん、私も初めて接した人間が、課長さんで良かった。さようなら」


 モデル体型、七三分けのイケメンを僕はずっと脳裏に焼き付ける。ミツルさんは垂れた目元から大粒の涙をこぼした。


 僕が人差し指でそっと涙を拭うと、ミツルさんはその指を握る。


 僕はミツルさんと最後の握手をした。

 

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