第39話 仁美は仁美であればいい!

「……まさか見合いの相手がタツオだったなんて、叔母さん先に言ってよ!」

 

 私は席に座って叔母さんの肩を叩いた。相変わらずふくよかだ。


「そしたら、あんた来んかったら。言えるわけないら。あはは」


 叔母さんは豪快に笑った。何で笑う?私ね、体調悪い中来たんだよ、サトルにお化粧してもらって、お洒落な格好して来たんだよ。タツオじゃいいホルモン出ないよ。


「すまんね、オレなんかでさ。仁美の母ちゃんとオレのお袋安心させたくてさ」


「……タツオのお母さんを?」私はそれ以上言うのをやめた。葬儀には帰れなかったが、かわいがってもっらた思い出があってショックだった。二年前だ。


「仁美も年に一回くらいは実家に帰れよ。オレみたいに後悔するぞ」


「……いいだよ、タツオは大学出て都会で働いて……母ちゃんはいつも自慢の息子だって言ってたもん。すんごく嬉しそうに話してたよ。その年まで独りでバリバリ働いてさ、タツオは親孝行ものだよ。マンションまで買ってさ、すごいね」


 叔母さんがしんみり言った。叔母さん、私も中古だけど、マンション買ったんだよ。すごいって言って。なんで同じように頑張っても褒められないんだろ。


「……で、仁美はいつ帰って来るの?……あー、父ちゃん、こっちこっち」


 父ちゃんって?まさか叔父さんも来てるの?黒服の後ろをちょこちょこついて来た叔父さんが手を振る。


「……はあ、やっきりこいた。迷ってしまったさね。けどホテルのトイレってきれいだな、あそこで寝れるら。ガハハ。あっ、仁美久しぶりだな」


 叔父さんは叔母さんより豪快に笑った。新幹線で来たでしょ?疲れてないの?さすが現役米農家だ。鍛え方が違う。


「仁美、コーヒーでいいら?さっき四つ頼んどいたで」強引な所も相変わらずだ。えっ食事は?ランチタイムなんですけど。昨日からお粥しか食べてない。


 テーブルにコーヒーカップだけが置かれていく。さっきの黒服もコーヒーだけかよって思ってるね、きっと。


「……これ?おら猫舌だで熱いと飲めん」叔父さんが言う。

「大丈夫だよ、叔父さん。じゃないよ」タツオが答える。

「はあ、ちんちんけ?ちんちんじゃないけ?」叔父さん再度確認。

「お父ちゃん、耳が遠いだで、だで、ちんちんじゃないってよ」叔母さん答える。


 お願いですからホテルでその言葉連呼はやめて下さい。黒服が肩をプルプル震わせている。きっとおかわり喜んで持って来てくれるね。知らんけど。


 スーツサトルもまたお腹を抱えて笑っている。方言がよほど好きらしい。


「仁美、タツオと一緒になる気はないか?」

 

 いきなりですか、叔父さん。ストレートすぎてコーヒーを吹き出すとこだったよ。タツオは何も聞こえなかったようにコーヒーを飲んでいる。


 三つ上の幼馴染。三軒先のこれまた米農家のおぼっちゃま。よく田んぼで遊んだね。稲刈りの時期は家族総出で手伝って、楽しかった。タツオ兄ちゃんを本当の兄だと勘違いするくらいいつも一緒にいた。


 都会ここに住んでる事は知ってたけど、お互い忙しくて会った事もない。会うのは同じタイミングで実家に帰省した時くらいだった。


 私が十五才でタツオ兄ちゃんが十八才。仁美もこっちの大学来いよって言ってくれたね。タツオ兄ちゃんを追って行ったわけじゃないけど、あれから三十年も同じ場所でお互い頑張ってきたんだよ。異性として意識したことなんかないよ。


「……無理だよ、私結婚する気全くないもん」即答した。叔父さん聞いてる?


「……じゃ、後は若いもん二人でよろしくな。あんまし若くないか、ガハハ」

 

 叔父さんと叔母さんは、コーヒーを一杯だけ飲むと席を立った。隣の和食レストランを予約しているそうだ。私もお寿司が食べたいよ。連れてってよ!


「……今夜はここに泊まるから、何かあったら連絡しなね。仁美、将来の事をよく考えてよ。あんたのお母さんを泣かさんようにね。タツオもね」


 え、お寿司は?いや私は母親のために結婚するの?違うよね。ねえタツオ兄ちゃん、このお見合いは形だけって言ったよね。


「……仁美、何食べる?ここのレストランすごく美味いぞ。オレがご馳走するから何でも食べろ。仁美はオムライス好きだったよな。あっ、それは昔の話か」


「……ごめん、タツオ兄ちゃん、私、私さ、あの……」


 えっ!サトルが私の袖口を引っ張っている。お得意のバッテンをしてこれ以上話すなと首を振る。何?何で?こういう事は早くはっきり断った方がいいよ。


「……サトル、あんまり引っ張らないでよ!伸びるでしょ!全く」


「……サトル?……仁美付き合ってる人いるの?いないって聞いてた」


 タツオ兄ちゃんが標準語で話す。さっきと違う。違いすぎる。よく見ると私の知ってるタツオ兄ちゃんじゃない。たれた目元、高い鼻はそのままだけど、整った髪型、品のある口元、きれいな歯並び。高級なスーツと腕時計にふさわしい年の取り方をしている。毛虫が蝶に変化したみたいだ。紳士だ。初対面なら間違いなく私は恋に落ちたかもしれない。


「……タツオ兄ちゃんと私、同じ三十年を過ごしたんだよね?で、こんなに差があるの?同じ独身なのに、私は田舎に帰っても行かず後家って笑われるんだよ。ここで頑張るしかないじゃん。けどタツオ兄ちゃんは違うよ」


 タツオ兄ちゃんは成功者だって、田舎でも噂になってるしさ。私なんかと結婚したらいい笑ものじゃん!───やっぱりすぐにイライラする。自分の事が嫌いになる。仕事を頑張っても自分に自信が持てない。何でだろ。ごめん。


「仁美も今まで誰にも頼らないで頑張ってきたじゃん。……仕事好きか?」


「……好きだよ。これしかないって思う。もっといい物作りたいよ」


「……そうか。……なあ、仁美、良い評判を得る方法は、仁美自身が望む姿になるように努力する事だ。仁美はもうやってるよ!仁美は仁美であればいいんだよ!他人と比べちゃダメだぞ」

 

 タツオ兄ちゃんはそう言ってオムライスを注文してくれた。


 

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