第38話 殿方に会うといいホルモン出ますよ。

  十二月二十七日日曜日、壁のカレンダーに書いた文字をもう一度確認する。


「やっぱり今日だよ!忘れてたよ、だよ!」

「わたくし、昨日お粥を作っていた時に発見しました。仁美さんそんな気あったんですね。笑えます。だから早起きしたんだと思いました」


 だから忘れていたんだって。あっ、でもいいじゃない。私さっきシャワー浴びたし、適当に化粧してパッパッと済ませてこよう。


「仁美さん、それは相手の方に失礼ですよ」サトルが顔の前でバッテンをする。


「仁美さん、殿方に会えば女性ホルモンがたくさん出て、更年期障害にいい効果があります。ですからきれいにお化粧して、お洒落して下さい」


 ドクターサトル、今私のすっぴん見てるでしょ?幸薄い眉、ホクロのような小さい目、低い鼻、そのうえ目尻のシワとシミをどう隠せばきれいになるのよ!


「仁美さん、プッ、よく見るとかわ、かわいい、ぷっぷっ顔してますよ。化粧すればキレイな人はキレイになりますが、そうでない人もそれなりになります」


「……なんのフォローにもなってませんけど。……別にいいけどさ、今度のお見合いは叔母さんの顔を立てるだけだから。気にいられる必要ないんだからさ」


 何度も断る娘にがっかりした母親が、自分の姉を利用して企てた見合いだ。会うだけだよ、私もう結婚する気なんてないんだからね。って嫌々受けたのが半月前だった。私より三つも年上らしい。相手だって口達者な叔母に逆らえなかっただけに違いない。その証拠に見合い写真なんかないんだよ。


「仁美さん、目を瞑って下さい。両手にわたくしを乗せて。……そう、そうです。はいもっと下、次は左、はい、少しずつずらして。うん、完璧です。鏡で確認してみてください」


 ドクターサトルはたった十秒で私をメイクした。今日はメガネではなくコンタクトレンズにしなさいと命令もされる。


「うっ、ウソー、これが私、本当に!何、何でよ?化粧品いつものでしょ!」


 驚く私にドクターサトルは、右手で左腕を叩いて微笑んでいる。ハイハイ、腕があるんですね。でも正直嬉しい。生まれて初めて自分をキレイだって思った。


「仁美さん、いい女ですよ。わたくしの腕があればいつでも美人に変身させられます」ドクターサトルがドヤる。


「ねえ、変身で思いついたんだけど、私も腰に手を当てて前にジャンプ、後ろにジャンプっていうめんどくさい事すれば、いい女になれるんじゃないの?」


「それは無理です。小さいオジさん族にしか与えらていない魔法ですから。いいですか、仁美さん、あなたの顔は少しいじれば美人になりますから、化粧の仕方を教えましょう!」


 ドクターサトルは丁寧にレクチャーしてくれた。長い、長かった。洋服もバッグも靴も選んでくれる。医学知識だけじゃないサトル、頼りになる。


「あっ、もう行かなきゃ。11時にプリンセスホテルね。ドクターサトル、あなたも一緒に来てくれるよね?ダサいジャージ、どうせ他の人には見えないでしょ!」


 ドクターサトルはそれではと「チャッチャ、チャッチャ、チャッ、チャッ、チャッ」と口ずさみ、決めポーズでスーツ姿に変身した。何、何なの!タンゴ?違うバージョンあるの?スーツってサトルがお見合いするわけじゃないんだけどさ。

 


□◾️□◾️


 約束の五分前に着いた。サトルにキレイにしてもらったせいかタクシーの運転手さんとミラー越しに何度も目が合う。自分の外見に自信を持つとこんなに堂々としていられるのかな。


「仁美さん、早くお金払っと欲しいんだと思います」自惚れか、残念。


 玄関ではドアマンがとんで来る。レストランの場所を尋ねると満面の笑みで応えてくれる。私も捨てたもんじゃないわ。ご機嫌よう!言葉遣いも丁寧になる。


「仁美さん、自惚れ強いんですね、これも彼らの仕事ですから」


 スーツサトルがうるさい。コートのポケットに入れたままクロークに預けちゃうけどいいかしら、サトルさん。サトルがバッテンをした。


 レストランでは黒服が案内してくれる。一番奥の席に叔母がすまして座っていた。叔母の前には見合い相手だよね。もちろん。私も緊張してくる。


 普段履きなれないヒールでこけそうになりながら叔母に手を振る。叔母は全く気が付かない。もう一度手を振ると、立ち上がって近づいてきた。


「やんだ、あんた仁美?すっかり見違えてしまったよ!……ここさ、座って」


 叔母は方言丸出しで、私を上から下まで何度も見る。


「あんた、メガネは?何そのカッコ。足ずんずり出して寒くないんだかね?」


 叔母さん、恥ずかしいよ。そんな大きな声で。私はシッとした。こう見えても私、都会で暮らして25年だよ。洗練されたアラフォーだよ。方言やめて。


 お見合い相手も都会の人だよね?そういう前情報だったよね?恥ずかしいよ。

私はドキドキしながら見合い相手に頭を下げる。イケメンならいいんだけどさ。


「……仁美、久しぶり。何おめえそのカッコ。ちんちくりんなスカートで、ブラウスとびっこちゃっこじゃん。……あっ、道混んでなかった?よく間に合ったなあ。オレ、遅刻しそうでやっきりこいたよ。……はよここ、座りいやー」


 げっ、何?何で!見合い相手は幼馴染のタツオだった。聞いてないよ、私。


 スーツサトルがにツボったのかお腹を抱えて笑っていた。





 

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