第37話 仁美さん、おきばりやす!

「血液検査の結果です。仁美さん、あなた少し貧血です。鉄分摂って下さいね」


「……貧血?女子だからね。今に始まった事じゃないし」


 もったいぶるからさ、ずっと不安だったけど、なんだ貧血か。安心した。


「仁美さん。貧血を甘く見てはいけません。腕を出して下さい」


 寒い中、パジャマの袖をめくれと?仕方ない。右腕をめくる。ドクターサトルはいきなり爪楊枝で私の腕に線を引いた。痛いんですけど。一本中央に線が入る。


「赤くなったらアレルギー持ち、仁美さんは白いです。貧血患者の特徴です」


 ドクターサトルが引いたラインが白い。本当だ。えっ、こんな原始的な方法で貧血って分かるなら採血の意味ないじゃん。私はムッとした。痛かったよ。


「仁美さん、残念ですが身体は衰えていきます。それを止めることは出来ません。しかし遅らせる事は出来るんです!」ドクターサトルがドヤ顔する。


「知ってるよ。アンチエイジングでしょ。それより、もう寝たいんですけど。睡眠不足って老けるんだよ」私はイライラして電気を消した。


 ドクターサトルは、白衣を脱ぐ。ジャージになる時はあのパフォーマンスないんだね。すごく白けるんですけどね。じゃ、おやすみ。また明日。



───なんか熱い。熱かな?風邪が治ってないのか上半身が熱い。水を飲みに行く。のぼせてるよ、私。熱を計ったが三十六度五分の平熱だ。


「サトル先生、どこ?サトル先生、起きて!サトル先生、おい、サトル」


 もうすぐ五時だ。外はまだ暗い。サトルの姿が見当たらない。いて欲しい時にはいないのよね、全くもう。


 仕方ないからシャワーを浴びて着替えた。あれ、もう眠くない。このまま起きてよう。サトルもそのうち帰ってくるでしょう。


 コーヒーを入れ、新聞に目を通しているとサトルが目の前にいきなり現れた。


「仁美さん、どうしました?キッチンが明るくて起きてしまいました」


「えっ、どこで寝てたの?さっき呼んでもいなかったでしょ?」

「そうでしたか……それよりどうしました?まだ五時です」


 私は冬なのに汗びっしょりになって起きた事を話した。平熱だった事、風邪の症状がもうない事なども報告する。サトルはうん、うんとジャージのポケットからペンを出し書き留めている。カルテ?何語?ミミズがはったような字だね。小さくて読めないよ。それ、広告の裏だね。私はガハハと笑う。


 するとちょっとお待ち下さいと眉をしかめるサトル。腰に手を当て、めんどくさい変身タイムで白衣になる。もうさっきから中身は医者じゃん。あのさ、形から入るタイプなのは分かったから。


 ドクターサトルに変身すると、黒鞄からちゃんとしたカルテを出してきた。


「昨日は頭痛とめまい、そして今朝はホットフラッシュ、もう更年期症状の何物でもありません」ドクターサトルが半笑いで話す。可笑しいことですか、先生?


「えっ、私まだ四十五才だよ。早くない?」


 更年期って聞いたことがあるけどまだ先の話だと思っていた。


「個人差があります。けど大丈夫です。『』って星都ハナスさんが言ってました。考え方一つでこの時期を楽しく過ごせるそうですよ!」


「誰それ?知らない。もっと有名な人の言葉を教えてよ」


あっ、またイライラしている。これもまさか更年期っていうんじゃないでしょうね。ドクターサトルはその通りだと笑った。何で笑うかな!


 ストレスは万病の元だ。ストレス発散するのもいいアイデアだけど、ストレスの原因を突き止めないとずっと引きずりそうだ。ドクターサトルが何か不安な事がないのかと聞いてくれる。


「今年は流行病でさ、在宅ワークだったでしょ。部長と課長のアップ見ながら毎日過ごすの嫌だったな。一応私、企画部のリーダーだからね。ミナちゃん、あゆみちゃん、兼子の企画を聞いて課長と部長に報告するわけ。私はいいと思っても部長がいい顔しないんだよ。それ本人に伝えられないしね。あの子たち一生懸命だからね」


 初めて仕事の愚痴を人に話した気がする。ドクターサトルが静かに聞いてくれる。……私は安心して全てを曝け出す。


「仁美さん、あなた頑張ってきましたね。上司と部下の顔色伺いながら仕事するのは大変でしたね、仁美さん、口悪いのに、そういう配慮して……どうりでストレスたまるわけですね」

 

 えっ、何?ドクターサトル、話を聞いた上に労ってくれるの?ただ一つ引っかかるけどさ。私、口悪いのかな。悪いよね。じゃ続けるよ。


「チームで一つの新企画をプレゼンしながら、個人の企画も考えなくちゃいけないんだよ。【男尊女卑廃止ゲーム】や【お気張りやす!】【噂の親父ギャルですけど何か?】はそこそこ売れたんだけどね、今アイデア枯渇してるだ。やっぱり才能ないんだよ、私。もう限界って感じ。これがストレスだね」


「仁美さん、『』ウォルター・デイヴィスの言葉です。おきばりやす!」


 ドクターサトルはそう励ましてくれた。分かるよ、けど私もう四十五才だよ。企画部のみんなは戦友だけど、他の部署から何て言われてるか知ってる?


「持ち込まれた他部署のアイデア聞いてくれる。【お局の壺】とか【お局のツボ】って卑猥なオモチャなんだから。私に対する当て付けでしょ!ケンカ売ってるよね。あー、思い出したらまた腹立ってきた。面と向かって悪口言えない奴ばっかだよ、全く。気分悪い!ドクターサトル、怒りを鎮める薬ちょうだい!」


 ドクターサトルは待ってましたとばかりにニヤリと笑い、カレンダーを指差した。


「仁美さん、忘れてたでしょ!今日は大事な日ですよね?」


「……ギャー、思い出した!今日ってあの日じゃん!」


 叫ぶ私にドクターサトルは、「おきばりやす!」と笑った。


 




 


 

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