第23話 アキラを幸せにして下さい!

「シンヤ、久しぶり、俺だよ、オレ、お前にかかと落としされて気を失ったマサヤだよ!」


 一気に酔いがさめる。覚める。醒める。冷める。冷や汗も出てくる。


「なんで! なんでお前がアキラと待ち合わせしてんの?」

「アキラから聞いてないの? ……俺、アキラと付き合ってるの」


 精神的にかかと落としを喰らった気がする。脳天が痺れる。気を失いそうだ。


「……ごめん、シンちゃん。いつ言おうか迷ってたんだけど。……そうなのマサヤは私の恋人なの!」


 いつから? 何で? よりによって俺の因縁のマサヤ! ショック。


「……オレ、ずっとアキラが好きだったんだ。お前に喧嘩ふっかけたのもお前がアキラと仲良くしてたのが気に入らなくて」


 廊下を通る時のあのマサヤの視線は嫉妬だったのか! 俺の空手の型をダンスだって馬鹿にしたのもアキラの前で恥をかかせたかったからなのか!


「去年、同窓会があったでしょ、そこでマサヤが告白してくれて……、そういう関係になって……。私たち一緒に暮らす事になったの」


「一番にシンちゃんに報告したくて。シンちゃん、だから今後も客とママの関係で仲良くして下さい! お願いします」


 アキラがマサヤの隣の席に移って手を握り始めた。もう見ていられないほど苦しくなる。振られた気分だ。


「シンちゃん、気をつけて帰ってね、私たちここに泊まっていくから」


 アキラはマサヤに部屋が取れたことを嬉しそうに報告している。


 泣きたい、何でか分からないけど泣いてしまいたい。アキラを盗られた気がした。


「シンちゃん、ありがとうございました」


 アキラはマサヤの腕に絡みついて席を立ち深くお辞儀をした。アキラらしい別れの仕方だ。


「マサヤ、アキラを幸せにしろよ……いや、して下さい、お願いします」


 これだけ言うのが精一杯で……俺は濃いめのウイスキーを注文した。


───幸せになれよ! アキラ、乾杯


 アキラが泊まるであろう部屋に向かってグラスを傾ける。虚しい。いつも俺の後ろをついて来た泣き虫のアキラ。さよなら。涙。


『♪ひ〜と〜り酒場で〜の〜む酒は〜わ〜かれ〜涙の味がす〜る♫

シンヤ、よく頑張ったな! 乾杯!』


 テーブルの上でマサルが竹刀をスタンドマイクにして美空ひばりを歌っている。


『お前の中の偏見が無くなった事に乾杯! お前の根性がまっすぐになった事に乾杯!」


 マサルが何度も俺の頭を撫ぜてくれる。心からアキラの幸せを願ってるお前は偉いと、竹刀で頭をペシペシしてくる。痛いよ、マサル。けどありがとう。俺はマサルの存在に救われた。



───翌日、二日酔いで気持ち悪かったが、心はすっきりしていた。ポケットに入れたままの缶コーヒーを一口飲む。甘ったるい。アキラが買ってくれた缶コーヒー、この先もこれ飲んだら胸が痛くなるんだろうな。


「兼子先輩、おはようございます。金曜日はありがとうございました。昨日飲んだでしょ、お酒の匂いがします。はい、濃いめの緑茶です。どうぞ」

 

 あゆみちゃん、気がきくな。お嫁さんにしたい。可愛いな。タラコ唇がいいんだよ。毎日この唇に……ふふ、ふふふ。


『シンヤ、お前一瞬アキラの唇もいいって思っただろ! あゆみちゃんに謝れ!』

「マッ、マサル、なんで会社まで付いてくんだよ! 油断も隙もあったもんじゃない。あっ、ごめん、あゆみちゃん。おはよう! お茶ありがとね」


「私、とてもいい新商品の企画考えて来たんです。聞いてくれますか?」


「もちろん、第三会議室行こう!」


 俺が道場でマサルと喧嘩してる時も、アキラと遊園地デートしてる時も、あゆみちゃんはずっと考えていたんだ。なんて熱心な子なんだろう。


「先輩、聞いてくれますか? あの……」

 

 そう言い出して、あゆみちゃんは午前中ずっと土曜日と日曜日に起きた事を話してくれた。その経験から今回のアイデアが生まれたと言う。


『フムフム。シゲルもいい仕事したんだな!』

「だからなんで、勝手に入ってくんの! てか、誰だよシゲルって?」


 いきなり大声を出す俺にあゆみちゃんが反応する。


「先輩、さっきから独り言大きいです。それとも誰かと話してるとか? ……まさか先輩もシゲルさん知ってるんですか?」


 えっ、だから誰? シゲルって。今まであゆみちゃんの会話にそんな名前出てきてないでしょ! 俺、聞き逃したのかな?


「あー、二人とも、こんなとこにいて何してるの? お昼行くよ!」


 ミナ先輩がお昼に誘って来た。あゆみちゃんと三人で社食に行く。三人ともカレーを注文して席につくと、しばらくしてミナ先輩が突然大声を上げた。


「ねえ、茹で玉子何でワタルが剥いてるの? ……私のなんだけど、やだ、黄身だけ残すのやめてくれる! ……ちょっと、ワタル、お行儀が悪い!」


「……ちょっと先輩、ヤバイですよ!」あゆみちゃんがシッとする。


 ワタル? もしかして部長の事なのか? 俺は親指を立ててミナ先輩に言った。


「隣の席見て下さいよ、部長、大人しく座ってカツ丼食べてますよ! 行儀悪くないっす!」


 部長と井上課長が向かい合ってカツ丼を食べている。部長がニタリと笑う。課長もカツ丼と煮物を口に運びながら、


「もちろんいいっす! あっ、ハハ……ハハハのハサンセンコク? ミツルさんこの歌好きだったりして、ハハ、ハハハ」

 

 意味不明な独り言? ミツルって誰だよ!


 もしかして部長と課長って付き合ってたりして。アキラとマサヤの一件以来、誰に誰が恋しても受け入れられる気がした。


『部長と課長? ナイナイ、オレはミツルさんでもいいけどね』


「……マサル、いつのまに! ……だからミツルって誰だよ?」


「シンヤ、焼きもちか? まあ、落ち着け! 失恋の味を思い出せ!」

 

 マサルはコーヒーカップに砂糖を入れろと催促し、竹刀でグルグルかき回した。

「誰が飲むんだよ!」


 怒りながらも、俺はこんなマサルの事が好きになっていた。



❤️赤のジャージ❤️


名前     マサル



身長     12センチ

体重     2・8キロ

特徴     ぱっちり二重 オールバック エクボ サングラスが好き

好物     サンドイッチ

趣味     剣道(読んだんです) 竹刀を振り回して痛いと言わせる。

特技     根性を叩き直す事

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