青いジャージ

第24話 シゲルさんなら何でも話せそう。

「あゆみちゃんは僕が送って行きます。方向同じだし、夜道は危険ですから」

 

 シンヤ先輩がミナ先輩に言ってくれた。なのに、ホテル行きを疑われ、三人で一緒に帰ることになった。別に私ははいいんだけど、シンヤ先輩不服そうだ。


「ミナ先輩気をつけてくださいね。やっぱり家まで送りましょうか?」

「大丈夫だよ、すぐそこだから。……おやすみ」


 ミナ先輩大丈夫かなぁ、相当酔ってるよね。ふらふらして手を振っる。


「あゆみちゃん、やっと二人きりになれたね。どうする?m今から家来る? それとももう一件寄ってく?」


「シンヤ先輩、ごめんなさい。明日用事があるので……家に送って下さい」


 ちょっとテンション低めに断ってしまった。嘘じゃないよ。けどシンヤ先輩がっかりしている感じ。家に着く二十分間ずっと恋人繋ぎをしてくる。


「ありがとうございました。また月曜日に会社で」私は小さく手を振る。


 実家暮らしのあゆみっティってみんな笑うけど、私はまだ一人暮らしが出来ない。パパは歯科医。自宅のすぐ隣に診療所があって、パパはご飯と寝るためだけに家に来る。


「ただいま。パパ、遅くなってごめんなさい。もう夕飯食べた?」


 居間でくつろぐパパに聞いた。


「お帰り。もう済ませたから大丈夫だよ。それより、あゆみ、明日はちゃんと家にいてくれるんだよね? 午前中の診察が終わった頃家に来るらしいから」


 テーブルの上にはまた鰻の重箱が置いてある。


「パパ、私が作ったビーフストロガノフは?」

「あっ、忘れた。ごめん」


 今夜は忘年会で遅くなるからと、作り置きして行ったのに。まだ五十歳になったばかりなのに忘れっぽいんだから。これだから私は一人暮らしが出来ないなんだよ。


「明日、お昼ご飯はどうするの? お客様のために私、何か作ろうか?」


 本当はめんどくさい。一番会いたくない家族ひとたちが来るんだもの。


「あゆみも仕事で疲れてるだろうからゆっくり寝ていなさい。きっとスミコもその辺は考えてくれてるだろ。……明日は初めてジュン君が来るんだから」


 パパは新聞をソファーにポンと置いてニコリとした。そんなパパの顔見たくない。自分の部屋に行く。今はそこだけが自分の居場所だ。


「ママ、明日、スミコさんが来るんだって。息子のジュン君に初めて会います。私の義弟おとうとになる子。どうしよう、何を話せばいいかな、ママ緊張するな。本当は私が結婚するまでパパには再婚なんてして欲しくなかったんだよ」


 ドレッサーの上の写真立てのママに話しかける。五年間話し続けてるけど、もちろん返事なんかない。


『ジュン君はいくつなの?』

「えっ?」

『……ジュン君はいくつなの?』


 写真立てから声が聞こえた。でもママの声と違って低い。ママの声でもかなりビックリだけどね。私はすぐに写真立てを持ち上げる。気のせいか。───それでも答えてみた。


「ジュン君は中学二年生の十四歳、あゆみと七つも離れているんだよ」


 ママに向かって答える時は、自分の事を今でもって言ってしまう。いいよね、ママだから。


『……そうか、十四歳は難しいね。好きなスポーツとか聞いてごらん」


 あゆみ、超絶驚き。何で答えるの? 今度は写真立ての裏を見た。


『ここです、ここですよ、あゆみちゃん!』


「ここってどこなの?」


『化粧ポーチの中です!』


 ヒイッ!あゆみ、二十二歳の乙女なのに変な声が出た。怖いよ。お気に入りのフリルが付いたポーチから顔だけ出てる。オジ、オジさんの顔だ。


『はじめまして、シゲルと申します。それにしてもこの中いい匂いですね。甘い香水が心を癒やしてくれて……僕この中で寝てしまいました』


 頭だけ出したオジさんが早口で喋っている。あゆみ怖くなってポーチをベッドにぶん投げた。気のせい、気のせい。気のせいだよ。パパも言ってたもの、あゆみ最近疲れてるの。アイデア浮かばないし、課長やミナ先輩、お局様に気を遣って、その上、シンヤ先輩に落ち込まれる。そう、疲れてる。


『あゆみちゃん、ひどいなぁ。僕は小さいオジさん族、妖精なんですから繊細なんです。取り扱い注意して下さい!』


「……妖精? あゆみ、ジャージ着てる妖精見たことない! しかもダサい青いジャージ、冗談でしょ!」


 シゲルと名乗ったオジさんはポーチから出て、あゆみの枕に座っている。


「お願いだから、そこ座らないで! 羽毛枕よ、フカフカが命なの! ……って、隣のぬいぐるみにまたぐのも止めて!」


 ジャージオジさんががうさぎのぬいぐるみにまたがり、耳を引っ張る。


「あなた、今、その年でぬいぐるみなんか持って可笑しいって笑ったでしょ! ママから貰った大事なぬいぐるみなの。早く下りなさい!」


『それはごめんなさい。僕、可愛い物が大好きなんで。ではこちらのソフトクリームのクッションに座らせていただきますね』


 一瞬でクッションに飛び移った。羽根生えてるの? 本当に飛んだ感じ。


『明日、あゆみちゃんのママになる人来るんでしょ? 緊張してるんですか?』


「全然。だって会った事あるし、というかパパと一緒に働いてた歯科衛生士さんだもの。あゆみが不安なのは息子のジュン君に会う事なの」


 あれ、何でだろ、あゆみこんなに落ち着いて自称妖精オジさんと話してるの?


 あゆみは小さい頃から不思議ちゃんって呼ばれてたから、抵抗ないの。


「シゲルさん、もっとあゆみの話聞いてくれますか?」

『もちろんですとも』


 青いジャージのシゲルさんは品の良い優しい口調でそう言った。


「シゲルさん、俳優の水谷さんにそっくりですね」

『……よくそう言われます。意識してます』


 シゲルさんは顔を赤らめて俯く。あゆみ、シゲルさんなら何でも話せそう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る