第25話 いきなりジュン君に言っちゃおう。
ソフトクリームのクッションが気に入ったのか、シゲルさんは先端をクリっと摘んで、あゆみの顔を優しく覗き込んだ。話を聞いてくれる体制かな。
「シゲルさん、お茶も出さないでごめんなさい。今、用意してきます」
『お構いなく。僕は持参の紅茶があるので結構です。よかったらどうですか?』
ペットボトルのフタと同じサイズのティーカップを二つ手品のように、ジャージのポケットから取り出した。不思議な事に差し出されたカップには紅茶が注がれている。
「ありがとう」
一口で飲み干せる。あゆみ、美味しいけどおかわりはやめておく。シゲルさんの分が無くなったら悪いもの。
「……ママとね、スミコさんはとても仲が良かったの。ママがパパと知り合う前からずっと友達だったの」
『いきなりですか、あ、はい、ごめんなさい、続きをどうぞ」
「ママとパパはお見合い結婚なの。パパはとてもママを大切にしてたわ。あゆみが五歳くらいの時、パパは開院したんですって。とても忙しくてママは困ってしまって、スミコさんに相談したの。さっきも言ったけど、スミコさん歯科衛生士の資格があったから、すぐうちで働いてくれたんだって」
シゲルさんはうん、うん、と頷きながら二杯目の紅茶を入れた。
『そうでしたか。それであゆみさんのママは?』
「……いきなりですか、あ、はい。続きを話しますね。ふふ、ふふふ」
シゲルさんと同じ事言っちゃた。あゆみおかしくて笑っちゃう。
「ママはね、五年前に病気で亡くなったの。あゆみが十七才の時だった。ママは四十五才の若さよ。あゆみ、ショックであんまり覚えてないんだ。でも毎日写真に話しかけてるから寂しくないの」
ママの写真を指さすと、シゲルさんが「初めましてシゲルと申します」と頭を下げた。
「あゆみも変わってるけど、シゲルさんも変わってるね」
『……うん、なんとお返事していいのか。僕と普通に話すあゆみさんも僕からしたら変わった子です」
「そうね、ふふ、ふふふ」
あゆみ、思い出した。ジュン君の事だった。十四才の男の子ってどんな会話をしたらいいのか、シゲルさんに聞いていたんだった。
あゆみは中学、高校は女子校だったから、どう思春期の男の子と接していいか分からない。シンヤ先輩みたいに分かりやすい人ならいいけど。でもシンヤ先輩二十七才のオジさんだもの。
「……ママが亡くなる前からスミコさんとパパ、仲が良かったみたい」
『あっ、あゆみさん! いきなり爆弾発言を! えっ、えっーまさか?」
「ふふ、ふふふ。驚いたでしょ! あゆみもびっくり。ママには内緒にしてたんだけど、パパとスミコさんがキスしてたの見たことあるんだ。小学校に行く前かな」
あゆみの爆弾発言にシゲルさんはティーカップを落としそうだった。だってよく覚えてるんだ。デパートでランドセルを買ってもらった日だったから。
どうしてもあゆみはパパを驚かせたくて、ランドセルを背負って静かに、静かに音を立てないようにパパの診療所に行ったの。もちろん一人でだよ。
「パパったらタカが豆鉄砲食らったような顔してたの。近くにスミコさんがいてね、ふふ、ふふふ」
『……鳩だと思いますが、いや、今はそこではないですね」
「……診察台があるでしょ、そこにスミコさんがパッて隠れたんだ」
『キスしたの見られちゃったんですから、驚いたんでしょ。でもまあ、キスくらいなら。パパさんも大人ですし、それっきりって事ですよ、きっと。あっ、ジュン君、ジュン君に何聞きましょうかね。僕はうーん、スポーツの事を聞いたら好きなアニメ、アニメの事でも聞いて話盛り上げましょ! 僕もそばにいますから。あー予習しておかないと。うん、紅茶なんか飲んでる場合じゃなかった」
シゲルさんは慌ててカップをポケットに突っ込んで、私の部屋の本棚に移る。
「残念でした。あゆみは漫画は読みません」
文学全集がきれいに並べてある本棚の上で、シゲルさんは額に手を当てている。あちゃーって可愛いらしい。
「……あゆみ、いきなり言っちゃおう! うん、決めた」
─── DNA 鑑定よろしく! って。
シゲルさんはあゆみの言葉を聞いて、タカが豆鉄砲食らった顔をしていた。
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