黄色のジャージ

第7話 僕の愚痴聞いてくれませんか?

「課長、コミミ、あっ、コミニケーション楽しかったです。あと、さっき甘海老の頭食べてましたけど、お腹壊さないようにして下さいね。あれ生ですから。それと開いてますよ! あそこ。じゃごきげんよう」

 

───やっぱりミナ君は僕に気があるんじゃないだろうか? そうでなければの窓が開いていても気にならないもんな。ミナ君は気は強いけど美人なんだよな〜。あっ、電車来た。


 街に活気がなかったせいか、クリスマス間近でも終電は空いていた。うちも年に一度の忘年会なのに、今年は人数制限があって五人だった。仕方ないか。けどあゆみちゃん、僕の選んだ店を気に入ってくれて嬉しかったな。

 

 それにしても年を聞いただけでセクハラ扱いは辛いな。砂山くんは嫁に似て苦手なんだよな。あー、家に帰るの憂鬱だな。出るのはため息ばかりだ。


だと思います。道徳ではなく、社会だと思います』


なんか今、聞こえたような。隣の人かな? いやみんなぐったり眠っている。まあ、気のせいだ。……あと一駅だ、もう少しだけ寝よう。


『次の駅で降りて下さい! 寝過ごさないように起きてください』


 今度はハッキリ聞こえた。兼子君に似た細い声。しかも少し高い。

「……誰? ご親切にありがとうございます。……ギャ、何?」肩が重い。


 肩に何か乗っている! 窓に映っているの、僕だよね、アレは何? 慌てて右肩を払った。確かに人の形をした物がいたはずだ。疲れてるのかな。


『お仕事お疲れ様です』


「だから誰?」

 辺りを見回しても何も落ちていない。最近のオモチャは性能がいいから、音に反応するだけじゃなく、人の言動を観察して言葉を選ぶのか。


「労いの言葉ありがとう!」

『どう致しまして。酔っていらっしゃるようなので家までお送りします』


「それはありがたいですね」

 本当に至れり尽せりの言葉かけだ。どこのメーカーのオモチャだろう。声に反応する製品はうちでも発売したけど、見た目にインパクトありすぎてあまり売れなかったな。トイプードルにするべきだったんだよ、……ハダカデバネズミじゃダメか。


 フラフラと改札口を出てすぐにベンチに座る。こんなに飲んで酔ったまま帰ったら怒られるよな。またどこかで時間を潰そうか。


『……缶コーヒーでもいかがですか?』

「気がきくね。最近のオモチャは肩にも乗るし、気遣いもするんだ、ありがとう!」


『……わたくしはオモチャではありません。名前はミツルと申します』

「それは失礼を致しました」

『どうぞ、ご自分で缶コーヒーを購入し、家路へと急いでください。奥様が待っているに違いありません!』

 

 自分で買うんですね。それにしても嫌なことを言うオモチャだ。


『ですから、私は小さいオジさん族の一人、ミツルと申します!』

 

 ギャー、何、小人ですか? 噂では聞いたことがある。外灯の下、良く見ると、何かがいる。目を細めジーと見つめる。目をこする。黄色のジャージを着た七三分けのオジさんだ。その髪型、リカちゃん人形の初代恋人と同じだ。


 けどこんなダサい服じゃなかったよな。頭を摘もうとした時、また喋った。


『寒いので早く缶コーヒーを買って下さい。そしてハンカチで私を包み、ポケットに入れて下さいませんか?』


「……この寒いのにコートも着ないでジャージなんて、風邪ひいちゃいますよね。お待ち下さい。今、小銭を出しますから」


 まだ酔いが残っているのか、財布は出せても小銭をばらまいた。七三分けの小さいオジさんが素早く一枚、一枚お金を回収している。良く出来た人形だこと。


「わー、ミツルさん機敏だ。羨ましいな。それに髪の毛もふさふさですし、あー、羨ましい」

 少しからかってみる。どう反応するのか試した。


『課長、人を羨むのではなく、自分にもっと自信を持って下さい! あなたはやれば出来る人です! いいですか、私があなたをもっと出来る男にしてみせます!』


 どうして僕が課長って知っているのかな。夢でも見ているのだろう。まあ、いいか。それより家に帰りたくないんだな。


『課長、早くコーヒーを買って下さい。寒いです』

「分かりましたよ、買ってあげたら、ミツルさん、あなた、僕の愚痴聞いてくれますか?」

『……もちろん、ハッ、ハックショーン』


 僕は自動販売機の前でミツルと名乗る人形と友達になった。





 


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