第12話 これ開けていいっすか?

「あー、これ! これ何すか? うわあ、感激だな、こんな所で再会出来るなんて!」

 

 リビングでユウトと名乗る青年が((あー、めんどくさい)ユウトが雄叫びをあげる。僕は今、敬語を使いなさいって怒ったと思うんですが。


「何? 何を見て興奮してるの?」

「これだよ、この写真だよ」

 ユウトがサイドテーブルに飾ってある写真立てを指さす。

「私の写真じゃん!」


 ユカが三才になったばかりの写真だ。真剣にパズルをはめる姿が可愛くて思わず撮った写真だ。僕のお気に入りの一枚で、ずっと飾っている。


「小さい時から可愛くて感動しちゃったの?」

「チゲぇよ、ユカが遊んでるこのおもちゃだよ。オレ、このおもちゃ好きだったんだ~。ユカも遊んでたんだ。すげぇうれしー」


「……だってパパが考えたおもちゃだもん」

「……、……」


 ユカの言葉を確認するようにユウトが僕の顔を覗き込んだ。えっ、はい。コクりと頷く。


「ヒャー、マジっすか、ユカのパパが考えちゃった感じすか! ってどういう意味すっ?」


 すっ、すっが、すか、すかに変わってからのすっ。だから敬語で話しなさい!


「ユウトにはサラリーマンとしか言ってなかったよね。パパはスモールG商事の社員なの。そこで主に企画と営業してるのよ。ね、パパ」


 そうなんだよと胸を張って答えようとした時、カヨコが口を挟んだ。

「企画して売れたのはこの商品くらいなの。そのあとは全くダメよね」


 確かに、いや僕のおかげでつぶれそうだったスモールG商事が急成長したんだ。そのおかげで優秀な人材が集まってきたのも事実だ。


「パパ、今は窓際課長って言われてるのよね」

「そうそう、でも毎月お給料持ってきてくれればいいの。ね、あなた。もうあなたの時代は終わったのよ!」


 ユカとカヨコガ楽しそうに僕の悪口を言い始めた。いつもの事だ。だって本当の事だもの、仕方ない。世の中が変わってしまった。ボード盤ゲームがコンピューゲームになり、パソコンで遊ぶ子供もいる。家族で楽しめるゲームが一人でも遊べる物に変わった。


「……けど、でもオレはこのゲームのお陰で寂しくなかった!」


 カヨコとユカの笑いの中、ユウトが大きな声で言う。シーンとするリビング。


「ママさんとユカはパパさんを馬鹿にするけど、オレは感謝してるっす!」


 うん? 僕、妻と娘に馬鹿にされてるのか、いつもの会話だから気がつかなかった。プルプル震えているユウトの目にうっすらと涙が溜まっている。


「ユウト、どうしたの? 何興奮してるの?」ユカがびっくりして聞く。


「……ユウト君、あっ、ありがとう。このおもちゃで遊んでくれたんだね、嬉しいよ。ちょっと待ってて、二階の物置に全く同じ新品のがあるはずだから!」


 僕は敬語の間違いなんてすっかり忘れて、二階に上がった。写真のおもちゃを見るユウトの目の輝きが幼い子供のようで、実物と再会させてあげたかった。


 物置きにはたくさんのおもちゃがある。ユカが遊んでいた懐かしい物ばかりだ。新品と書かれたダンボールの箱を開ける。


「あった、これだ」久しぶりに見る[パパはどこ?ママはどれ?]だ。未開封のままの箱。自分が企画した商品。死んだら棺桶に入れてもらおうと大事にしてきた箱だ。


『課長さん、いいですか? 未開封ですよ。ユカちゃんが遊んだこっちでもいいんじゃないんですか?』

 ミツルさんが提案してきた。


「……あんな顔されたらあげたくなってしまいました」

『そうですか、ほんの10秒ほどお待ち下さい』


 ミツルさんに言われた通り10秒数えた。何をしたんだろう。よくわからないままおもちゃををユウト君に渡した。


「これよかったら君にあげるよ。なんか思い出があるんだろ?」


「いいんすか、もらっても。嬉しいっす。……オレ、子供の頃、保育園に預けられてて、母親を待ってる間このおもちゃで遊んだんです。いつも母親が最後に迎えに来るんすよ。友達がどんどん帰って、先生と二人きりになるとこのおもちゃ出してくれて。……ユウちゃんのパパはどこって先生が言うんです」


 そうだった。四つの扉があって鍵を開けるゲーム。あらかじめ大人がパパ型の人形を一つの場所に隠しておく。子供は鍵を差し込んで扉を開ける。見つけた時の喜びを味わって欲しかった。


「……そんで、先生が必ず最後に、ユウちゃん、パパに会えたねって褒めてくれるんです。ホントはとっくに天国に行っちゃてたんですけどね、このおもちゃで遊ぶ時だけ父親に会えた気がして……嬉しかったです」


 そんな遊び方をしていたのか、さすが保育園の先生だと僕は思った。


「母親に会いたくて泣くと、今度はママはどこ? ってやってくれて。うっ、思い出すと泣けちゃうな。実は去年母親も天国行っちゃたんです」

 ユウトはグスリと鼻をすすった。最初の印象と違いすぎる。


「……今、これ開けていいすっか?」

「もちろんだよ」

 こんなに素朴な青年だったのか、敬語が使えない事はどうでも良くなってきた。


「……なんで! なんでなんすか?……何でユカのパパ俺の両親知ってるんすか? けど最高に嬉しいっす!」



 そう言ってユウトは声を出して泣いた。ユウトの手にあるパパとママの人形には、彼の父親と母親の写真が貼ってあった。


 さっきの十秒の間にミツルさんは粋なことをしてくれたんだ。


 ミツルさんはユウトを優しく見つめていた。ありがとうミツルさん。

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