第13話 喜怒哀楽が激しいですね。

「ユウト良かったね。パパありがとう! ……けど何で写真持ってたの?」

「何でって、ミツルさんが……」

 いいかけてやめた。ミツルさんは僕にしか見えない小さいオジさん族だ。ミツルさんも人差し指を口に当てて内緒にしてねポーズを決めている。


「ミツルさんて誰よ?……まっ、いいか、それより結婚の話なんだけど……」


 そうだった、大事な事を忘れていた。言葉遣いに気をとられて本題が吹っ飛んでいた。


「……まだ二人とも若すぎないか?」


 ユカと同い年って事はまだ彼も二十歳だ。仕事は何をしてる?ユカを養うだけの収入はあるのか? もし子供がすぐに出来たら? 聞きたいことは山ほどあった。


「愛があれば問題ないっす! オレ、ユカを絶対に幸せにします! パパさんお願いします」

 心配をよそに明るい声でユウトが言った。さっきまで泣いてましたよね。喜怒哀楽の激しいタイプはなんか苦手だな。


「あなた、ユウト君はきっとユカを幸せにしてくれるわ、大丈夫よ。任せましょ!」

 カヨコもユウトの事を信頼しているのか、言い切る。


「そうすっよ! ユカが淋しくなったら、このおもちゃで?ってやりますから。心配ないっす! パパさん後で写真よろしく。プリクラでもいいっす!」


 嫌いだわ、やっぱりで終わる話し方。それにプリクラなんて撮りに行ったことなどない。僕は少しきつめに言う。


「……ユウト君、条件が一つあります。ちゃんと話せるようになったら結婚を認めましょう!」

 

 結婚が決まったら長い付き合いになる。今のうちに直してもらいたいと僕は心から願った。ユウトはどんな反応するだろうか?


「……そんな簡単な事でいいっすか、あっいいんですか、楽勝です。オレ、違う、僕、頑張ります!」

 素直に条件を受け入れた。単純な所も心配になる。


 そうと決めたら行動も早く、すぐにでも本屋に行きたいと言う。

「本読んで勉強するっす。あっ、勉強します。パパさん送って下さい。ママさんケーキゴチになり、あっ、ごちそうさまです」


 僕はユカと未来の婿になるユウトを駅まで送った。ユウト君は車の中でもあげたおもちゃを抱えて嬉しいを連発していた。ミラー越しに見るユカは、そんなユウトを母親のように見守る。本当に彼の事が好きなんだなと思って安心した。



 二人を送った後、僕は書斎に閉じこもってユカの小さい頃のビデオを見る事にした。


『課長さん、まさかユカちゃんに結婚報告されるとは思いませんでしたね。私も驚きました。けれどおめでたい事です』


「……ミツルさん、ありがとう。女の子と分かった時から男親は、こういう日が来る事を覚悟しておかなければいけませんでした。娘はずっとそばにいるもんだとどこかで期待していたんですよ」

 ドヨーンと空気が重くなる。


『……あっ、ユカちゃんが立ちましたね。ほら、今歩きました』


 ミツルさんが画面を指差して手を叩く。一才の誕生日の二日後、初めて歩いた日の映像だ。ユカが満面の笑みで僕の方に向かって二歩、三歩、寄ってくる。


「あっ、ここで転んだんですよ。画面がブレたでしょ、どこかに頭をぶつけてしまわないか僕は気が気じゃありませんでした」


『……課長さん、ユカちゃんが泣いていますよ』

「これは犬に吠えられちゃった時ですね、可愛かった」

 

 もっと言葉を続けたいのに胸が苦しい。


 そのあとも幼稚園のお遊戯会、運動会、音楽会でユカだけのビデオが流れた。なん十回も見たからどこでどういう顔をしたのか全部覚えている。


 ユカ、ここでくるっと回って決めポーズしたな。シンデレラの服を着た時はすましてた。


『課長さん、あなたは家族を犠牲になんかしてないじゃないですか。ユカちゃんだけを見て愛しているのがすごく伝わります』

 

 ミツルさんの穏やかな口調に僕は涙が出そうだった。もちろん僕は娘が愛おしい。一人娘のユカを嫁になんか出したくない。けどユカには僕の思いなんて伝わってないんだろうな。


 なんかくすぐったい。ミツルさんが僕の握りこぶしを優しく撫でてくれている。ミツルさんにも家族がいるのかな、娘さんがいるのかな? 下を向くと涙がこぼれそうで、僕は何も聞けず正面を見ていた。


「あなた、そろそろ晩ご飯にしましょう。あら、何、一人でずるいわ。私も誘って下さいよ。……あっ、そうそう、ユカがあなたに渡してくれって置いていった物があるんです。ベッドの上にありますからね」


 カヨコは僕が涙ぐんでいることに気づいたのか、そう言うと階段を降りていった。


『課長さん、ユカちゃん何を置いていったんでしょうね。私も楽しみです』


 ベッドの上にリボンの付いた紙袋がある。中を見てそっと触る。


「ミツルさん、あなたにあのマフラー差し上げますね。僕はこれを使います」


 ユカからの突然のプレゼントはカシミヤ100%のマフラーだった。


 悲しい涙が嬉しい涙に変わり、僕もユウト君と同じように喜怒哀楽の激しい日曜日を過ごした。








 




 


 

 

 

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