第2話 インスタントはやめなさい!
あれからどうやって帰ったんだろ。頭痛い。なんか変な物見ちゃったし、そういえばあのオジさんワタルって言ってたよな。昭和のオヤジに多い名前だ。
時計を見るともう十時だ。よく寝た。あくびと背伸びをする。キッチンの方からいい匂いがしてくる。ユージが来てる?
「……ユージ、来てるの? なんか作ってくれてるの?」
『……、……』
恋人のユージは週末来るけど、こんな早くには来ないはずだ。
「ユージ、水ちょうだい」
コンタクト入れずにキッチンに行く。
『少々お待ちを。あっ、冷蔵庫開けるの大変なんですよ、自分で開けて』
聞き覚えのある声、昨夜のイケボ。見覚えのあるジャージ。ダサいピンク。
「あんた、誰? 人の家で何してるの!」
『だから、ワタルと申しやす! 記憶力わるっ。鶏頭ですかい?』
目をこする。薄らぼんやり見えるのはピンクのジャージに赤いエプロンを付けたオジさんだ。身長10 センチくらいの、髪の毛バーコードの、お腹がプリってしてるオジさんだ。井上課長の生霊? いや彼は痩せている。メガネもかけてない。
「キモいよその配色! ってそこじゃない! 何、なんなのよ! 私まだ酔ってる? 小さいおじさんて実在しちゃう感じ?」
パニック、パニックの私にワタルはコップを差し出す。
『まあ、落ち着いて。そうです、実在しちゃいまっせ。触ってみます?』
オジさんが頭を撫でろと人差し指でバーコードを指している。よりによってそこかい!
「ゲッ、脂ってるよ、ぬちゃって感じ、やだキモ」
『……失礼な!』
乱れた髪を元どおりにするオジさん。
「で、なんでここにいるわけ?」
どうしてもそこに拘って聞きたい。
『あんさんが連れて来たんでしょ。耳掻きオジさん便利だって鞄に突っ込まれたんですよ! もっと大事に扱ってや、ワシ乱暴に掴まれて息出来なかったで」
「私が、あなたを? つかんで? 鞄に入れて、持ってきた? ……ないない、それはない。可愛い人形ならまだしも、こんな汚ったないオジさん拾ってくる事はないですから。もしかして、この家に前から住んでたとか? 思い出した! きっとそうだよ。女の子の1人暮らしなんですって言った時のあの不動産屋の顔、心配そうだったもの。意味あり物件だったんだ!」
『人を幽霊みたいに言わんといてや。正真正銘ワシはあんさんに拾われてここにいるの!』
「じゃあ、何そのセンスの悪いエプロンは、どこにあったのよ!」
『そこ? そこ聞きます? ジャージのポケットに入ってたんや! これわしの必須アイテムや」
「エプロン常備するオジさんキモいよ。まあいいわ。夜は帰ってよね。彼が来るの。オジさんも家があるんでしょ! 帰ってよね」
『言われなくても帰るやさかいに』
オジさん、肩乗るの早っ。都市伝説で聞いた事がある。とにかくすばしこい。
「……オジさん、あっ、ワタルって呼ぶ事にする。夜と言わず……あっ、気持ちいい。そこそこ。あー気持ちいい。癖になるこの感覚。って傘はやめい!」
『あんさん、思い出したやろ、耳かきの気持ちよさ。まっ、夕方には帰るやさかいに、味噌汁でも飲みなさい。冷蔵庫のクズ野菜で作ったで。あんさん、インスタントはやめなさい! ちゃんと栄養摂らんといかん』
テーブルの上には一杯の美味しそうな味噌汁に湯気がたっていた。いい匂い。久しぶりの手作りの味噌汁。その小さい身体で作ってくれたのね。
「ワタル、美味しいよ。ありがとう。毎日忙しくてインスタントで済ませてたの。でもクズ野菜でも出来るのね。あー、癒されるわあ」
『美味しいでっしゃろ? クズでも十分や』
「クズって言うな! お水ももう一杯ちょうだい」
チョコチョコ冷蔵庫に向かう。エプロン姿も見慣れたら可愛らしい事。
小さいオジさん、味噌汁以外も作れるんじゃない。ラッキー。この際ただ働きの家政婦にしちゃおう。
『……ワシ、ただ働きはしまへん』
心の声が聞こえた? ニヤリと笑ってコップを差し出すワタル。
「ブっ、へー。ワタル、これ酢だよ! わざとでしょ。分かったよ。暇な時は遊びに来ていいから。仲直りしようね」
私は小さいオジさんと友達になった。
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