第3話 かぶるな、窒息するよ!
『それじゃ、さいなら。あんさんの彼氏来るんでっしゃろ。けどな、ピンチの時は助けに来るで!』
ワタルがエプロンを外しながら言った。
「ピンチ? そんな事ないから。私とユージはもう付き合って五年目なの。そろそろプロポーズもされちゃう感じよ。ご心配ありがとう!」
岡田ユージは会社の同僚だった男。私の会社はおもちゃメーカー。私もユージも所属は花形企画部だった。ユージは企画力を買われてライバル会社にヘッドハンティングされた。残念な事に私の企画商品は売れてない。落ち込んでいるところをユージから告白された。
「……ユージったらね。私の事ずっと好きだったんだって。ねえ、聞いてる? あの会社で一番のイケメンが私に恋しちゃったんだよ、すごいでしょ?」
エプロンを小さく畳んでポケットにしまうワタル。全く聞いてない。
『これ、あんさんの企画やろ。ワンチャントイレって目の付け所はいいんだけどな、まあ、臭いはあかん』
ワタルが床に転がったワンチャンの頭を撫ぜ鼻をつまんでいる。売り出して一ヶ月で販売中止になった商品なのに何で知ってる?
『わしは何でも知ってるで! ネーミングのセンスがイマイチやねん』
「だってトイレトレーニングのためのものじゃん、まっ、犬じゃなくて人間の赤ちゃん専用のおもちゃだけど。子供にウンチする事は恥ずかしくないんだよって教えるグッズなの。犬が楽しそうにウンチするとこ見て、自分もトイレでやるって意欲を持たせちゃうんだから!」
企画にケチつけられてムッとする私。
「実演します。まず犬にこの餌をあげます。餌を食べた犬がワンと鳴く。しばらくするとうんこ座りしてキャンと鳴く。はい、ここでお母さんは犬の頭を撫ぜます。出したものを片付けます。子供はそれ見て、ウンチすると褒められるって刷り込みされます。どう? いいアイデアでしょ?」
犬もエサもウンチもプラスチックだ。実物感が欲しくて、臭いも出るようにした。
『……くさっ。クッサイでんがな』
ワタルが二歩下がる。
「……あっ、ごめん。顔面近いもんね。まともに来たね。ハハ。……クンクン、ウン? 違うよ、ワタル、あんた屁こいたでしょ? 全くもう、いいから早く帰って、さいなら」
どさくさ紛れになんて事を! 雑誌でパタパタすると、ワタルは瞬時にいなくなった。
───おもちゃを片付けて、芳香スプレーをしてると、ユージが来た。
土曜日の夜からお泊りをするユージ。もうこの生活が三年続いている。同棲は拒むくせにプロポーズはしてくれない。三十才の誕生日は私を惨めにした。
「……ミナ、ミナちゃん! ちょっと早く来てしまいました。なんか今日は早くしたい気分! いいかな?」
ユージが抱きついてくる。がっつく女に思われたくない。
「……えっ、ご飯は? 手作りの味噌汁あるよ。食べるでしょ!」
「……わお、久しぶり」
ユージも一人暮らしだ。手作りに飢えているのか、性欲より食欲を優先してきた。ちょっとがっかりする。
「あっ、だし巻き玉子と煮物まであるよ。ミナすごいじゃん! しかも美味しい。料理教室でも行った?」
ユージは感動している。私も食べる。めっちゃ美味いじゃん。ワタルの腕はたいしたものだ。ワタルの事話しちゃおうかな。
「……ねえ、ユージ、小さいおオジさんて知ってる? ほらよく芸能人が見たって言ってるオジさん、バーコード頭で、あのね、実はね、私ね……」
「何? 課長の事? あっ、井上課長元気にしてる? で、課長がどうしたの?……そんな事より、さっ、早く」
食欲満たされたらもうですか?
ユージが私をベッドに押し倒す。いつものように優しく……。
「あっ、盛り上がってる所ごめん、用意してないんだ。待って!」
三十才で今さら、出来ちゃった結婚はしたくないのかユージは慌てて手探りでアレを探した。先週、マットレスの下に置いて帰ったらしい。
「……ねえ、出来てもいいの。ユージ、私もうさっ、サンジュ……」
私もう三十才になったんだよ、男と女の三十歳は違うの。ユージの手を掴み、胸の上に無理やり持っていく。このまま致してしまいましょう。既成事実でイケメンゲットしたい。お嫁さんにしてよ、ユージ!
ユージの顔が好き。うっすら目を開けて美しい顔を見る。ユージのその茶色の髪の毛、サラサラした前髪が好き。茶髪に紛れる黒い髪。どうして耳から毛が生えてるの?
「……わ、ワタル?」
ブッサイクな顔したワタルがユージの首掴んでイキそうな顔してる。最中だから重くないのかユージは気がつかない。
「……ワタルって誰? ミナ、もしかして浮気してる?」
ユージが白けた声で止まる。
「違う、違うよ! だから小さいオジさん」
「まさか課長と出来たのか!」
だから違うってば。途中なんですけど。さっきまでユージの首掴んでいたワタルがいない。一番いいところだったのに。私はイライラしてワタルを探した。
ドレッサーの後ろのカーテンが揺れている。ここだ!カーテンをめくる。ダサいピンクのジャージみっけ。顔を見せなさいよ!いつの間に、ワタル!
「ワタル、そんなのかぶるな! 窒息するよ!」
私に怒られるのが嫌なのか、ただのボケなのか、ワタルはカーテンに隠れてゴムを頭からかぶっていた。
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