第27話 ジュン君を追いかけて下さい。

「どうぞスリ、スリじゃない、スリッパを履いてね」

 

 あゆみ、スリッパを出す手が少し震えてる。シゲルさんがすぐにあゆみの手を撫でてくれた。ありがとう、シゲルさん。


「……ありがとうございます」


 ジュン君は軽く一礼すると、ソッソッとスリッパに足を入れた。白い靴下。長い足。石鹸の香り。うん? 思春期の男の子なのに汗臭くない。コンビニで目が合った子じゃないのかな? 一瞬だったから見間違いしてるのかな。あゆみはシゲルさんと首を傾げた。


「ジュン君、いらっしゃい。どうぞ、ここに座りなさい」

 

 和室からパパの声がする。ジュン君は廊下で立膝をつき、ふすまを両手で開けた。あゆみ、びっくり。旅館の女将さんかと思っちゃった。

 

「初めまして、ジュンです。この度は母と共にお招きにあずかり……」

「そんな堅苦しい挨拶は抜きにして、ここにお座りなさい」

 

 パパが座布団に座るようにジュン君に言う。あゆみもパパの隣に座る。正座は苦手だけど、最初が肝心だよね。あれ、さっきの封筒が片付けられている。なぜ?


 ジュン君は座布団をどけて、長い足を折り、畳に直に正座して頭を下げた。


「……さあ、頭を上げて。よく来てくれた。嬉しいよ」

「……ありがとうございます。チッ」


 作り笑顔のジュン君。あゆみなんか今舌打ち聞こえたんだけど。気のせいかしら。シゲルさんもジュン君の口元を見ている。


「今どきの子は背が高いね。ジュン君、身長は?」

「175センチですね。チッ」

「一緒だね。なんかスポーツでもやってるの? 部活は?」

「バスケです。チッ」

「私も学生時代やってたんだ。嬉しいよ。気分がいいな。あゆみ、パパにビールを。ジュン君はビールってわけにはいかないね、え〜と烏龍茶でいいかな?」

「ありがとうございます。チッ」


 あゆみ三回連続聞こえました。チッ、チッ、チッ。三回目の時はチッの後、ほくそ笑んだよ。あゆみ確信しました。万引きする瞬間の笑みと同じでーす。


「パパ、ちょっと待った。あゆみ今、ジュン君に聞きたい、聞きた……」


 シゲルさんがあゆみのセーターの袖を引っ張る。そして顔をしかめて、首を振ってる。言うなって事? いや、ダメでしょ! 万引きって立派な犯罪だよ。無視。


「ジュン君、今朝、あなた駅前のコンビニにいなかった?」

「……駅前のコンビニですか、行ってません。チッ」

 

 ジュン君は敬語で答えてきた。チッって癖なのかしら。フードかぶって顔隠してたけど、あの目、あの口元、背の高さが一致してる。しらばっくれてもダメよ。


「……あの、料理取り分けましょうね。あゆみちゃん、チラシ寿司どうぞ」

 すっかり忘れてた。スミコさんが場の空気を変えようとテキパキと持参した手料理を分ける。

「……煮物もどうぞ。お口に合うか分からないけど。たくさん食べてね」


 あゆみ、お腹空いてたんだ。追求一旦お休み。料理を頂く。何を食べても美味しい。シゲルさんも食べたいのだろう。さっきより強く袖を引っ張る。さっとテーブルの下にお皿を置いて、エビフライや唐揚げを置いてあげた。ご満悦。


 エビフライってまたいで食べるものなの? まあお好きにどうぞ。


───食事が終わると、パパが神妙な顔で、スミコさんに

出すように言った。


片付けられたテーブルの上にさっき見た白い封筒が置かれる。


「……ジュン君、よく聞いて欲しい。おじさんが今から話す事はとても大切な事なんだ。いいね、あゆみ、あゆみも聞いて欲しい」


 ゴクリ。あゆみドキドキの瞬間。もしジュン君がパパと親子だって証明されたら、スミコさんと不倫してた事になるよね。そしたら、あゆみ、許さない! パパじゃないよ、スミコさんだよ。ふふ、ふふふ。


「……ジュン君、あゆみ、パパはスミコさんを愛してる。結婚したいと思っている。ジュン君、うん、口で言ってしまおう。君は実は……」


「ちょっと、ちょっと待ったー! パパ言わないで。ちょっと待って」


 あゆみダメ、大事な事思い出した。親子の名乗りなんて後にして。パパ、ジュン君万引きしたんだよ。コンビニに謝りに行って、お咎め受けて、きれいな身体になってからパパの子だって言って。


「ジュン君、ちょっとこっちに来て!」


 あゆみ、ジュン君の腕を引っ張って二階のあゆみの部屋に連れて行く。問いただそう。


「ジュン君、あなた多分パパの子だよ、きっと。私見ちゃったんだからね。朝、コンビニで万引きしてるとこ、見たから。盗った商品持って謝りに行こう! パパたちには内緒にしてるの。ねっ、一緒に行ってあげるから」


「チッ、証拠はあるんですか?」

「……えっ?」


 そうだった。あゆみ見ただけで証拠はない。ポケット、ポケットにまだ入ってるんじゃないの。あっ、ジーンズ履いてない。あの後、家に帰って着替えてきたんだ。ジュン君、タチが悪いよ。初めてじゃないでしょ!


「証拠なんてどっちでもいいの。あゆみはパパが好き、大好きなパパを悲しませたくないの。ジュン君がパパと血が繋がってたら、パパ、犯罪者の親になるよね。あゆみのパパを汚さないで!」


「……チッ、ざけんな!」

「えっ?」

「パパ、パパうるさいんだよ! お前はいいよな。お嬢様みたいな暮らししてきて。俺が今までどんな惨めな思いしてきたか、分かってんのか!」


 えっ、ジュン君ですよね? あの旅館の女将と同じ振る舞いの、ジュン君ですよね? あゆみ、今誰から怒鳴られてるの? もう一度聞きます。ジュン君ですよね?



『あゆみちゃん、あゆみちゃん大丈夫ですか』

頭が真っ白になったあゆみの耳元でシゲルさんの声がする。


「どいつもこいつも言いたい事言いやがって!」

  

 ジュン君が叫ぶ。あゆみビエーン。怖いよ。ジュン君はドアを思い切り蹴って部屋から出て行った。


『あゆみちゃん、追いかけて下さい! ジュン君を追いかけて!』


 途方に暮れるあゆみの耳たぶを、シゲルさんが思い切り引っ張った。





 


 










 





 


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