第28話 あゆみ、猫じゃないんですけど。

「あゆみちゃん、早く、早くジュン君を追いかけて下さい!」

「嫌よ、だってあの子怖いもん。あゆみ行かない」

 

 シゲルさんの耳たぶ引っ張り攻撃が痛い。もう、しょうがないわね。あゆみ、リップクリームたくさん塗って、ダウンを着た。スマホを右のポケットに、シゲルさんを左のポケットに突っ込む。


「パパ、スミコさん。ごめんなさい。ちょっと出掛けてきます。スミコさん、ジュン君の携帯の番号を教えてください」


「どうしたんだ? あゆみ、ジュン君も家に忘れ物を取りに行ってくるって出掛けたぞ。すぐに戻るそうだ」パパが目を白黒させている。


「あゆみちゃん、ジュンに何かあったの?」

「……別に何も。あっ、パパごめん。冷蔵庫にチーズケーキあるから先に食べていて。あゆみ……うん、ジュン君と一緒に食べるから残しておいて」


 あゆみだって食べたいんですけど。でもあゆみの言葉で怒らせちゃったよね。ジュン君十四才だよ。盗んだバイクで走り出すお年頃よ。心配だわ。あゆみ、仕方ないからスニーカーを履く。スミコさんが後ででジュン君の携帯番号を教えると言ってくれた。今かけちゃえばいいんだけど、出るわけないよね。


───大通りに出て、とりあえず駅方面に向かう。すぐに追いかけてきたから、見つかるはずだ。背の高い男の子、背の高い男の子、何処? 見当たらない。


「あゆみちゃん、家に行ってみましょう。そう言って出掛けたみたいですから」


 そんな素直に行くかしら。───シゲルさんを信じて言う通りにした。


 確か二回ほどスミコさんのアパートに行った事がある。小学校の入学業式の日と、中学の入学式の日だ。ママがどうしてもって言うから仕方なく行った。


「……確かここを曲がって、細い道に入って……近くに公園があった気がする」

 

 あゆみ、記憶を辿って公園を探した。その公園で写真を撮ったのよ。ママがカメラマンでスミコさんとのツーショット、嫌だった記憶が甦る。だってパパとキスしたひとだもの。ママの笑顔が壊れないように、ずっと黙っていた。


「あっ、あゆみちゃん、あそこじゃないですか?」シゲルさんが言う。

「……そう、あの公園だわ。桜の木があって、その裏のアパートだったの!」


 久しぶりに見た公園の遊具は新しくなっているが、桜の木はそのままだ。それを目印にアパートに向かう。こんな色だったかな。あゆみの記憶は紫色だった。塗装が剥げて青くなっているだけなのかな。


「スミコさんの部屋は二階の階段を上がってすぐの所よ」


 階段を二段上がると、一階の部屋から大きな声がした。


 ───男の人の怒鳴り声?


「……ュン! お前、裏切るつもりか! そんな事したらどうなるか分かってるよな!」


 あゆみ、怖いんですけど。シゲルさん助けて。


「あゆみちゃん、大丈夫です。落ち着いて」


 シゲルさんが肩に乗って頬を撫でてくれる。少しくすぐったい。けど落ち着いた。静かにゆっくりと三段目に足をかけた。ガッシャーン! 何か割れた音? えっ、もしかして夫婦喧嘩なの。あゆみ超絶怖いんですけど。駆け上がりたい。


「ジュン! いいから飯買って来い! 罰として金はお前が払え!」


 ジュン? ジュン? ジュンって言った? ねえ、今ジュンって名前が聞こえたよね? ジョンかな? 犬じゃないよね。飯買えないもの。


「……確かに今ジュンと聞こえました。今、僕は人間モードの耳にしていますから、はっきりと聞き取る事が出来ました」


 って事は他に何モードがあるのよ? でも今、そんな事どうでもいい。ジュン君のことなのか確認しなきゃ。


「……あゆみちゃん、僕ですね、言い忘れてましたが妖精なんです。特別な人にしか見えませんから、ベランダからジュン君がいるかどうか確認してきます」


 妖精? あゆみ、聞いてたような気もする。今はまあどっちでもいい。シゲルさんに任せなきゃ。


「あゆみちゃん、いいですか、僕が戻ってくるまでここでじっとしていて下さい。音を立てないように、静かにして下さい」


 あゆみ、シゲルさんの言う通りにする。だって怖いもの。その場にしゃがむ。


「飯買ったら、いつもの盗って来い! 今日は違うコンビニ行けよ!」

 

 コンビニ? いつもの? 盗って来い? ギャ万引きですか! あゆみ、心臓がバクバクする。やっぱりジュン君だよ。


 でもどうして? スミコさんの部屋は二階だったはず。表札確認すればいいのよ。ダメ、シゲルさんの言いつけ守らなきゃ。


「……分かりました。すぐ行って来ます」バタン。ドアが開いて閉まる音。ジュン君の後ろ姿だ。朝見たフード付きジャンバーだ。


「……ジュ、ジュン君」


 あゆみのバカ、声かけちゃったよ。ジュン君は振り向きもせず、行ってしまった。あゆみ、ドンマイ。シゲルさん待って追いかけよう。


「……誰だお前? お前、さっきジュンって言ったよな! ジュンとどういう関係?」 


 あゆみ、ピンチ。後ろで声がする。あなたこそ誰ですか?


「オイ、外にこんな猫いたぞ! ジュンの知り合いみたいだ、どうする?」


 あゆみ、猫じゃないんですけど。いきなり腕を掴まれて怒鳴り声がした部屋に連れて行かれた。汚ったない部屋。あゆみ土足でいいですか?


「……誰だ、お前?」


 二十歳前後の前歯一本ない男に聞かれる。


「……ジュン、ジュン君のあ、姉かな。あのまだ結果発表聞いてないんですけど、多分、あゆみ、ジュン君と姉弟きょうだいです。信じて貰えないようでしたら、今、鑑定書持って来ますね。おうちにあるんです。取りに行っていいですか?」 


 あゆみ、パニック。早くこの場を離れないと。


「何言ってるんだ、こいつ。面白い。ジュンが帰って来るまでここにいろ!」


 あゆみ、前歯ない男に引っ張られて奥の部屋に連れ込まれた。もっとったない。タバコ臭い。これお布団かしら? この下キノコ生えてない? カビ臭いよ。


 ビエーン。シゲルさん、どこ? 助けて、シゲルさん。あなた妖精ですよね。すぐにあゆみをここから出して。


 あゆみ、ビックリ。拉致られちゃった。












 



 



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