黒のジャージ

第41話 五人の戦士よ、いざ出陣!

「会長、ようやく完成しました。我がスモールG商事の未来がかかっている新商品でございます。どうぞお手に取りご覧くださいませ」


 会長は革張りの椅子に深く腰掛けて、差し出した新商品をまじまじと見た。やっと夢が叶ったのだとニタリと笑った。私も満足だ。


「では企画部所属の五人で試し、結果は火曜日の企画会議後報告致します」


───十二月二十四日 クリスマスイブの夜、私は一人、第一会議室で新商品をテーブルに置いた。最終確認するためだ。


 それらの商品はすでにプログラミングされていて、私の指示通りに動くはずだ。A Iなど時代遅れである。むろんチップなど入ってはいない。


 これからの時代はそれをはるかに超えていなければ、売れる事はない。私はこの新商品を世に出す事により地位や名声を得るだけではない。


 歴史に名を残すほどの偉業を成し遂げたのだ。

 誰の為か?何の目的か?そんな下らない質問などするな!


 会長と共にこの会社を興した時から私のアイデアはすでに一つだった。


───そうだ、君たち妖精を人間のオモチャにするという事だ。


 スモールG 商事の名前の意味を知っているか?の略だ。「小さいオジさん」などと今ではもてはやされているが、私が初めてその姿を見た時はまさしく小さいジジイだった。あの感動は五十年経った今でも忘れる事はない。


  あれは七才になったばかりの春の夕暮れ。神社で遊んでいた時の事、木の枝に毛虫のような物が這いつくばっているのを見つけた。


 黒地に白の筋が入った体、焼き芋大の毛虫に私は恐る恐る近づいた。


 驚いた事にその毛虫は人間の形をしていた。後頭部は禿げていた。

まるで隣の親父そっくりなその物体は、私の気配を感じると、一瞬にしていなくなった。


 私は震えた。友達に話してはいけないような気がした。親にも言えなかった。夢でも見たのだろうと……私の記憶の片隅に消え、かなりの間忘れていた。


 私は地元の高校を卒業し、近くの工場に勤めて、普通に結婚して、子供をもうけた。普通の父親だった。ある夏休みの早朝、子供に急かされて昆虫取りに行った。


 そうだ、あの神社だ。境内の木にはセミやカブトムシがたくさんいたからだ。


───そこで小さいジジイと再会した。私はあの日見た同じジジイだと直感した。後頭部の禿げ具合が同じだった。幼い頃の記憶が甦り興奮した。気づかれないようにそっと近づき、虫捕り網で一気に捕まえた。動かない。死んでいるのか?いや眠っているのか、ピクリとも動かない小さなジジイ。


 指で突いた。青白い顔で私を見た。目に生気がない。彼は眠っていたのではなく、蛇に噛まれてぐったりしていた。つまり死にかけていたんだ。


 彼は息も絶え絶えに、私にこう言った。

「あっしは小さいオジさん族の一人、カケルと申しやす。恥ずかしい話、逢引きしている男女を見学していたら……蛇にやられ、こんなザマです。あっしは妖精ですから死ぬこたあありやせん。ですが神社に棲む蛇にやられたとあっちゃ、無傷じゃいられやせん。旅の人、どうかそこの聖水をかけておくんなまし」


 私はいつの時代か分からないその語り口にドン引きしながらも、水をかけてやった。彼はたちまち良くなり、羽根をパタパタさせて礼を言った。


「このご恩は一生忘れやせん。お礼にあなたにいい物を差し上げやしょ!」


 彼は私に、会長の住所と名前を教えてくれた。私は若かりし頃の会長を訪ねた。会長もカケルの命の恩人だと言う。どこで知り合ったか、会長とカケルの名誉のために内緒にしておこう。……ワタル、君は祖父の血を引いているね。連れ込み旅館で……ケホっ、ホッ。



 私と会長は、カケルの指示通りオモチャ会社を立ち上げた。


 そして必ず四十年後、莫大な財産を与えるという約束を信じてここまで頑張ってきた、私は企画部部長としてこの時を待っていたんだよ。


 君たちはカケルに選ばれた戦士だ。この腐敗した社会に癒しを与える究極のオモチャだ。私はカケルから君たちを託された。カケルと同じこの黒のジャージは、私がカケルに信頼されている証拠だ! 一心同体なのだ。


 では君たち一人一人に、任務を与える。心して聞くように!


ワタル!君は愛の戦士としてピンクのジャージに身を包み、ミナ君をユージから守るのだ。ミツル!君は家庭の平和を守る者として黄色のジャージで身を包み、課長とユカの潤滑油として働くのだ。


 マサル!君は勝負の戦士だ。シンヤの根性を叩き直し、アキラとの本当の和解をもたらせ。君は赤いジャージを身にまとえ。シゲル!君は真実を知るあゆみと、母スミコと弟ジュンとの絆をしっかり結ぶよう見届けるのだ。君は青の戦士だ。


 そしてサトル、君は有能な医者として名言で仁美の精神を安定させ、健康をもたらせ。タツオの求婚をさりげなく阻止し、仕事のやる気を起こさせるのだ。君は特別に緑のジャージと白衣とスーツを与えよう!


 さあ、五人の選ばれし戦士よ!皆が仕事に集中するよう、妨げとなる物を排除し、仕事に思いを向けさせよ!スモール G 商事の未来のために尽力せよ!


 私が五人に声をかけると、ワタル、ミツル、マサル、シゲル、サトルは円陣を組んだ。リーダーは記憶操作が出来るシゲルだ。


「我々はワタル部長と長老カケル様のために忠誠を誓い、スモール G 商事の発展を願って……この身を捧げる覚悟です!」


 五人のハモった誓いの言葉に、私は涙が出そうだった。

 

 五人の戦士よ!明日の忘年会の後に出陣せよ!健闘を祈る!




 


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