第16話 ケンカ売ってんの?
家に帰ってからもアキラの事が気になって寝付けなかった。酔っ払っていたせいで変な者見ちゃうし、散々な金曜の夜だ。いやもう夜が明ける時間か。
冬の朝は特に夜明け前が静かだ。布団で温められていても顔面が寒気で痛い。
『いつまで寝てる、早く起きてランニングでもいかんかい!』
命令されてる?
『土曜日の朝だからってサボるんじゃねえ、シンヤ、早く起きろ!』
「げっ、おっさんなんで俺の部屋にいるんだよ!」
昨夜ゴミ箱の上でドヤ顔していたおっさんがテーブルの上であぐらをかいている。細い煙のようなものがおっさんの口元から出ていた。何? もしかしてタバコ吸うの?
「おっさん、俺んち灰皿ないから後始末ちゃんとしてくれよ! むしろここ禁煙だからやめてくれる。てかなんでついて来てんの! 帰ってよ!」
一緒にタクシーに乗り込もうとしたおっさんを地面に叩きつけた気がするが。
『シンヤ、お前、オレになんて事するんじゃ。ケンカ売ってんの?』
いや、俺平和主義ですし、酒飲んでたんで幻かなって思って叩きつけたんだよ。けどそれは言わなかった。確かに何かに触れた気がする。
「……もう少し寝かせてもらえるかな。今日は何も予定がないの。久しぶりの連休なんだよ!まったりさせて下さいよ」
あゆみちゃんとのデートもないんだよ。眠くて仕方ないんだよ。布団をかぶった。
『シンヤ、朝のジョギングしないと体が鈍るぞ。お前今年二十七だろ、そのままの体型キープしたけりゃ今年が勝負だ!』
どうして俺が毎日走ってるの知ってるんだろう! 確かにこの自慢の割れた腹筋に肉ついたらやだな。けど今日はアキラの事もあって気分が乗らない。
『そんなに心配なら電話すればいいじゃん。アキラも自分からしたいけど出来ないんだと思うよ!』
「アキラの事何で知ってるんだよ? もしかしてあの店にもいたとか?」
どっちでもいいけど、おっさんに指図されるのはごめんだ。
「あー、ムシャクシャする。目が覚めちゃったじゃないか! 走ってくる」
黒のスポーツウェアに着替えた。言っておくがおっさんみたいなダサいジャージじゃない。今どき、赤地に白の三本線の入ったジャージ着る中年がいるかね。
『オレも連れてけ!』
「やだよ!」
『鍛えてやるから連れてけ!』
「あのね、おっさん、知らないと思うけど俺は鍛えてきてるの。幼稚園に入った頃から道場通って大人と同じメニューやってきたんだから。足腰丈夫だから」
あんまりうるさいから、ジョギング用の靴を履き、足にしがみつけとおっさんに言った。おっさんはマサルと呼べと怒り、ギュッと俺の右足にしがみつく。
「マサル、あんたの腕の筋肉が試されるね。ここから走るんだよ、途中で振り落とされて車に轢かれても知らないから。」
俺は五歳から空手道場に通っていた。二つ上の姉とケンカするとすぐに泣くのを心配されて父親が無理やり入れたのだ。一人で黙々と基礎練習をする空手は自分の性格に合っていた。
小学二年生で茶帯になり、五年生で黒帯になった。試合も出た。中学入学と同時に空手をやめ、陸上部に入った。
「マサル、思ったより筋力すごいね」
わざと腿を上げても落ちない。落ちたのはサングラスだけだ。
『シンヤ、ちょとタイム!それ気にいってるんだから拾って」
「しょうがないな、はい」
拾って渡すとマサルはジャージのポケットにしまいファスナーを閉める。マサルはサングラスを外すとオールバックが似合わないタレ目の童顔だった。ぷっ、それが嫌でサングラスしているんだな。
公園を二周約、五キロを走って家に戻る事にした。マサルもゼイゼイしている。しがみつくだけでも体力使うんだ。
「マサル、大丈夫ですか? もう俺の肩に乗っていいよ。落とさないように歩いて帰るから」
マサルの腕力、筋力分かったから俺は足から肩に移るように言った。
『シンヤ、あそこに道場がある! あそこに寄ってけ! 俺が鍛えてやる』
マサルが毛の生えた人差し指でビルの二階を指差す。窓ガラスに
「空手」と確認できた。
「嫌だね、俺はもうやらないと決めたんだ」
空手は中学生で辞めた。あれから一度も拳を握っていない。畳の上にも乗っていない。
『……お前が辞めたのはアキラに怪我をさせたからだろう! あのまま頑張っていれば全国大会に出られたのに。お前はアキラのせいにして逃げたんだよ!」
マサルは何を知っている? 何で? 突然現れて人の過去に口出しするマサルに腹が立った。
「マサル、あんた、俺に喧嘩売ってんの? いいよ、鍛えてもらいましょう!」
俺はマサルが指さした空手道場に向かった。
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