第5話 黄身だけ残すな!

『あんさん、一人で大丈夫ですか? なんならわしもいまっせ!』


 翌日、ユージが来るまでワタルがそばにいて励ましてくれる。


「大丈夫、ありがとう。ねえ、一つ聞いていい? ワタルは私にしか見えないの? ユージは全く気がつかなかったみたい」


『……そやで、あんさんしか見えへん。わしら小さいオジさん族は選ばれた者にしか見えませんのんじゃ!』

 ドヤ顔でワタルが言った。

「そう、じゃ、ここにいてくれても構わないけど、静かにしていてね」

 

 ワタルがいてくれる方が心強い。ユージは朝食を食べ終わる頃現れた。


「……ミナ、おはよう。珍しいね、朝ご飯食べてんだ。」

 ユージが泊まった日はコーヒーだけしか飲まない。食卓の上にはサラダとパン、目玉焼きまである。もちろんワタルが作ったものだ。


「……何でお皿二枚あるの? 俺の分かな?」

「違うよ、ごめんすぐ片付ける。コーヒーでいいでしょう?」


 ワタルに取り分けた皿。目玉焼きの黄身だけが残っている。贅沢な食べ方をするんだな、小さいオジさん族。コレステロール気にしているって言ってたね。


「ユージ、正直に答えて。今まで私からアイデア盗んでたんでしょ?」

「……えっ、そんな事一度だってないよ! ミナのアイデアいまいちだもん」

「うそ、じゃあうちの会社の企画聞き出してたのよね?」


 案の定、ユージの手が止まった。ペラペラ話す私も悪いけど、エッチの最中の油断した時に聞くなんて卑怯だ。


「〈飛んでけ!風船おばさん〉のアイデア聞いて、それいいって言ったよね?」

「……言ってない」

「じゃあ、〈拙者、忍者のなりそこない〉は?」

「……ぶっ、ない」

「〈臭くなったらそれ屁です〉ゲームは?」

「……盗んでないよ! そんなネーミングで売れるわけないじゃん」


「分かった。〈ワンチャントイレ〉だけなんだね。ユージ、悲しいよ。ユージがそんな人だったなんて、もう別れる!」


 引き止めてくれると思った。魔がさしたと言い訳して、私との付き合いは続けてくれると思った。


「……バレたら仕方ない。別れよう。けどミナも楽しんだよね、じゃ」

 

 ユージはそう言うと家を出て行った。この五年間何だったの、涙が止まらない。ワタルが玄関に行って塩を撒いている。


『これで良し。もう彼氏の事は忘れて思い切り仕事しなはれや、応援してまっせ』

「……ありがと、ワタル、そうだね、仕事頑張るよ、私」


 ───すぐには吹っ切れる事が出来なかったけど、ワタルに元気づけられて月曜日の朝を迎えた。ワタルを拾った公園のそばにコンビニがある。毎朝、そこで二杯目のコーヒーを買う。


「……おはようございます。今日はいつもより元気ですね」

 コンビニのバイト店員、米山君に声を掛けられた。一年前くらいからよくほめてくれる子だ。人生最悪の日なのにミナは悪い気はしなかった。


「おはようございます。ありがとう、彼氏と別れてスッキリしたから」


 本当の事を正直に言える。


「そうなんですか! ……あの、良かったら今日の帰りまた寄って下さい。伝えたい事があります」

 米山君はキラキラした笑顔で早口で言った。


『……あんさん、期待してるやろ! 告白されるのと違いまっか?』

「……ワタルもそう思う? でも米山君、五つも年下なの。っていうかなんでワタル会社に付いて来るのよ!」

 

 仕事中、ピンクのジャージがチラチラ見えて鬱陶しい。お昼ご飯も落ち着いて食べられなかった。


『社員食堂の煮物、味濃いちゅうねん、これじゃ課長も部長も塩分摂りすぎでっせ。改善の余地あり』

 ワタルがいちいちチェックする。カレーの肉は豚でよろしいと文句も言う。


「ねえ、茹で玉子何でワタルが剥いてるの?」

『好きやさかいに』

「……私のなんだけど、やだ、黄身だけ残すのやめてくれる!」


 ワタルが白身だけムシャムシャ食べて、黄身をカレー皿に投げ込んだ。

 カレーがはねて服が汚れる! 何してくれるの!


「……ちょっと、ワタル、お行儀悪い!」

 社員食堂全体に聞こえる声で叫ぶ私。


「……ちょっと先輩、ヤバイですよ!」

 あゆみちゃんがシッとする。何で?

「隣の席見て下さいよ」

 兼子が親指立てて部長を指している。


「部長、大人しく座ってカツ丼食べてますよ、行儀悪くないっす!」

 あっ、部長の名前もワタルという事を忘れていた。ごめんなさい。


◆◇◆◆


 仕事帰りにコンビニによる。小さいオジさんといると、ろくな事がないな。愚痴りながら、でもウキウキしている私。


『あんさん、何言うてまんねん、わしといると幸せになれるんでっせ!』


「……じゃ、米山君に告白されたら信じてあげる! もし、もし何にもなかったら」

『何にも無かったら?』

「……その時考える」

『まあ、よろし』


 ワタルを鞄の中にしまった。私以外誰も見えないらしいからどうでもいいんだけど、ピンクのジャージに気を削がれるのはごめんだ。


「いらっしゃいませ。ミナさん、もう今日は上がりですから待っていて下さい」


 米山君、こんな時間までお疲れ様でした。私は大好きなスイーツとコーヒーをレジに持っていく。


「これ新発売のイチゴミルフィーユです。ミナさんきっと好きだと思いますよ!」


 白く細い指でバーコードをピッとする米山君。バー、バーコード? 嫌な予感がする。ワタルが自分のぬちゃとした頭を差し出していた。


「ワタル、あんたの頭反応するわけないじゃん、どいてよ!」

「ミナさん、誰に言ってるんすか?」

「ごめんなさい、独り言、ハハ」


 あれ、今、何か落ちて転がったような気がする。


「キャー、ワタル、あんたなんて事を! 黄身だけ残すな!」


 ワタルはおでんの玉子をお玉ですくい、白身だけムシャムシャ食べていた。

 


 




 



 





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