第4話 だから、そこに乗らないで!

 ユージはまた来週に来るねと帰って行った。コトの最中で立ち上がり、カーテンを勢いよく開けてと叫ぶ私に驚いたのだろう。


「ミナ、仕事で疲れてるんだろ、ゆっくりおやすみ」とキスをして。


「ワタルのせいだからね!いつの間に戻ってきたのよ、全くもう!」

『あんさん、ピンチだったやさかいにな』

「えっ、どこが?……いいの、赤ちゃんが欲しかったんだから」

『違いまっせ、そんな事じゃない』

 ワタルが頭から外したゴムを畳んでいる。


『……思い出しなはれ、あんさん、エッチの最中、なんか聞かれてたやろ?』


 なんか聞かれた?覚えていない。それよりそのゴム再利用するのかポケットに押し込んでいる。家で奥さんとする時使うの?頭につけても意味ないんですけど!


『……今度の企画の事や、あんさん、おもちゃメーカーにとって企画は命やで。他所の会社に情報教えてどうすんねん!』


 そういえば、そんな事聞かれたような気もする。

「けど、私答えてないよ!」

『あんさんが答える前に邪魔したんや!』


 思い出した、あの時だ。けどユージはそんな事聞いてどうにかするような人じゃない。だって、すぐに好きだよとか、愛してるって言ってくれる。


『……あんさんから情報を聞いた後でっしゃろ。いいように利用されてるんと違いますか?思い当たる事ありまへんか?』


 思い当たる事?ワンチャントイレの企画を話した後、ユージの会社は猫ちゃんトイレが爆発的に売れた。ウンチは子供が好きなお菓子のいい匂いだった。


「……まさかマネされたの!えっ、そんな、そんな事って!」


 私は真っ裸のまま途方に暮れる。ワタルがパンツだけでも履きなさい!と渡してくれた。なんでワタルの前では恥ずかしくないんだろう。


「……今からユージに確認する。問い詰めてやるんだから、あっ、いた、痛いよ、お腹が痛い。ちょっと待ってて」


 私はトイレに駆け込んだ。ワンチャントイレの話をしたせいかお通じが来た。


『あんさん、から出てませんのんや?』

 ワタルが心配してトイレの戸の向こうから聞いてくる。

「えっ、聞こえないよ、から出てない?出てるに決まってるでしょ!」

 顔はオジさんでもイケメンボイスでそんな事聞かないで。恥ずかしい。

『いつからかって聞いてまんねん』

「分からないよ、いた、痛いだけで、うっ、ヒッヒッフー!」

『手伝いましょか?』

「何を?どうやって?ヒッ、ヒイー」


 赤ちゃん産んでるみたいな声を上げる。もう少しだよ。頑張るから。


「ワタル、のの字して!お腹をのの字にマッサージしてくれない!」

『……こうでっか?』

 瞬時にトイレに入って来て、ワタルは両手で私のお腹をさすってくれる。気持ちいい。なんか大丈夫そう。出そうだよ、ひっヒイフフ。


 このアングル笑えるんですけど、力が入らない。ワタルのバーコード頭が揺れている。一生懸命に摩ってくれるんだけど、ワタルの足が痛い。


「安定悪いのは分かるんだけど、片足踏ん張ってるよね、そこ痛いんだけど!」


 ワタルの右足はももの上、左足が恥骨を踏んづけている。あっ、お陰様で。


『……クッサー!お疲れさん』

 ワタルありがとう、解消されたよ。



───心も体もスッキリしたくて私はシャワーを浴びた。さすがにワタルは一人にしてくれた。ベッドに座って髪を乾かしているとユージから電話が来た。


「……ミナ、大丈夫?寝てたかな?」

「……どうしたの?起きてたよ、今シャワーを浴びてたところ」

「そうなんだ、夕ご飯のお礼言い忘れて。美味しかったよ」

「ありがとう、ユージ……聞きたい事が、あっ、なんでもない」


 いざ聞こうとすると全てを失いそうで言えない。ユージを疑う事なんて出来ない。オモチャが好きで入った会社。二人で机を並べて企画書書いたよね。井上課長と部長、社長の前でプレゼンしたよね。共同の企画が通ったし。商品化もされたね。

 

 思いつくのは私、想像を広げる企画力はユージ。一心同体じゃなかったの?


「……ねえ、ミナ、この頃何かいいアイデアある?」

「‥‥、……」聞かれた。

 いつもこの言葉をきっかけにして私は温めているアイデアを話してしまった。


「……あるよ。とっても面白いおもちゃ思いついたんだ」


 嘘をついてしまった。今何も考えてない。けどユージはきっとあると言えば、また来てくれる。こうやって三年間繋がってきたんだもの。


「教えてよ、ミナ」

「電話じゃ教えられないよ」

「明日家に行くね!」


 ユージは私のアイデアが目的で毎週来ていたんだ。疑いが確信に変わった。ユージ、悲しいよ。二人で夢を語っていたあの頃に戻れないの?


『……大丈夫でっか?泣いてるついでに言いますけどな、あんさんの彼氏、他にも女いまっせ!また別のおもちゃ会社のお姉さんです』


 ワタルが突然現れた。涙拭きなはれやとハンカチを差し出す。


「……これ汚ったないエプロンじゃん、……だからそこに乗らないでくれる!」


 ワタルは土足のまま私の恥骨の上に立っていた。


 




 


 


 




 

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