第57話 ワタルと申しやす!
「はてさて、これは何でしょう?」
黒執事ハルクさんはゴムに詰め込まれたベビーカケルをじっと見た後、ゴミ箱にポイ。手をパンパンと払って会議室を出て行った。
カケル捨てられたよ。ワタルもびっくり。元長老の扱いが雑過ぎてウケるんですけど。
「ワタルがあんな物に詰めるからいけないんだよ!拾いなさい!」
命令する私。ミツルさんとシゲルさんが羽根をパタパタさせて飛んで行った。
「……ふふ、ふふふ。ベビーカケルまだ寝てるわ」あゆみちゃん笑顔。
ミツルさんとシゲルさんが二人で運んで来てくれた。サトルさんがゴムから出しても全く起きない。ワタルが蹴っても突いても……起きない。死んだのかな?
「……このまま眠らせておきましょう」課長はベビーカケルを優しくマフラーで包み、日当たりのいい窓際にそっと置いた。ふげっと寝返る。生きてる。
「それにしても、黒執事さんはなんで見えていたんでしょう。もしかしてシゲルさんの記憶操作が効いてないとか!」
仁美先輩が不安そうに言った。あの時、目を瞑ってしまったかもしれない。
「心配する事はありまへん。ただのゴミだと思ったんや。あっ、そういえばつまんでゴミ箱に捨てたな。妖精を触る能力がまだあんるんや。……嫌な予感がする」
ワタルが青白い顔で私たちに言った。それを聞いてミツルさんが提案する。
「そういう事なら、またシゲルさんの出番ですね。ハルクさんはきっとトイレにいると思います。用を足してる時に再チャレンジです!」
シゲルさんは了解と言うとパッとその場から消えた。
───やきもきしながらの一時間後、会長、社長、部長が戻ってきた。
「企画部のみなさん、席についてください。商品化する企画が決まりました。まだ企画完成度は低いですが、奇をてらって本社が発売しようと決定した商品は……」
部長が一瞬止まる。私は心臓がバクバクする。思わずワタルの手を握る。ワタル、手汗がひどいよ。キモ。いや手じゃない。頭を掴んでいた。ごめん。
「……ミナ君の『君のHに首ったけ!」です。恋愛はいい事です。もちろん、うっほ、ゴホッ、こっ、婚前交渉について色々な意見があるでしょう。しかしSEX体験が若年齢化する中でもっと真剣に考えるべきは、ゴホッ、会長すいません、説明を変わって下さい!」
部長は顔を赤らめている。私は嬉しさのあまり自分でこの企画のコンセプトを熱く語りたかったが、会長の言葉を待った。
「……人間が楽しむ事が出来るコミミ、あっ、コミュニケーションの一つにセックスがある。けれど愛を確かめ合うのにはそれが全てではありません。手紙で思いを伝えるのもいい。キ、キス、接吻だけでもいい。いや何もしなくても手を繋ぐだけでもいいんです。……続きを社長頼む」
会長も顔を赤らめている。ビッグ Gは意外にウブだ。
「だから君のHのHはハートという意味があります。バーコード頭のオジさん人形のイラストがありましたね。この人形はエプロンをしています。ポケットにちょっとした小物が入ります。レターセットを入れる人もいるでしょう。日記や生理メモリーを保存する事も出来ます。もちろん、ヒッヒニ、避妊具も入れる事が出来る」
社長も頬を赤らめる。いくつだよ!ビッグGは頑張って説明をしてくれている。課長も仁美先輩も真剣に聞いていた。社長から部長に変わる。
「それで、ミナ君が考えていたキャッチコピーを少し変えました。ちゃんとつけてね!からちゃんとつけようね!です。つける物は避妊具でもあり、いや大事な思い出をこの人形につけるんです。そのお手伝いアイテムとして売り出したい。悩み相談機能もつけましょう」
私も部長の真剣な態度に圧倒された。スモールG商事の社員でよかったよ。
会長は企画部に特別手当てを出すと労ってくれ、部長と社長と部屋を後にした。
私の企画が通ったよ、ワタル!ワタルに似た小さいオジさんがオモチャになって売り出されるんだよ。女子校生がキモ可愛いって部屋に置いてくれるんだよ。
恋に悩んだらバーコード頭の人形に話しかけるからエセ関西弁で元気づけてね。性の正しい知識を教えてあげてね。望まない妊娠しないようにアドバイスしてあげてね。病気になった時は助けてあげて。親や友達に相談出来ない時もそばにいてあげて。公衆トイレで産まれる赤ちゃんがいなくなりますように!
ワタルは「あんさん、頑張りましたね!」と私の耳元で囁いてくれた。
ワタル、ミツルさん、マサル、サトル、課長、仁美先輩、シンヤ君、あゆみちゃんが手を叩いて喜んでくれた。歓喜。みんなありがとう。私は涙目になる。
「ミナ先輩、おめでとうございます。あゆみも嬉しいです。嬉しいんですけど、シゲルさんがハルクさんを探しに行ったまま戻りません。あゆみ、心配」
そうだった。自分の事で気がつかなかった。そう思っているとノック音が聞こえた。黒執事ハルクさんが戻ってきた。シゲルさんは……ハルクさんの持っている虫かごに入っていた。
「……さあ、小さいオジさん族のみんな、妖精の世界に帰る時間が来ました!企画部のみなさん、突然の別れを悪く思いませんように!また会う日まで。さようなら」
ハルクさんの言葉を聞いたみんなは唖然。どこを探してもミツルもマサルもサトルも窓際のカケルまでがいない。みんなが半泣きで探す。
私は突然のワタルとの別れが信じられず……会議室にずっといた。泣いた。
□◾️□◾️
「やだー、ルイもキモカワオヤジ買ったんだ。私も部屋にあるよ」
「キモいよね。けどこの前生理来なくて焦ってさ、親に言えないじゃん、一応相談に乗ってもらったわけ、このオヤジに」
公園のベンチで一人ランチをする私の耳元に女の子の声が聞こえてきた。ワタル達が突然目の前からいなくなってちょうど一年になる。
ワタル、良かったね。あんたキモカワオヤジのモデルだよ。一応人の役に立ってるんだよ。玉子の黄身は残すし、口悪いし、ところ構わずオナラはするし、人のエッチは無断で見る変態オヤジ。あんたにそっくりなオモチャが売れてるよ!
私はホロリと独り言を言った。
「誰が変態やねん。わしは真面目な妖精です。みんなの幸せ願ってます!」
幻聴かな?寂しすぎてワタルの声が脳内で聞こえた。
「あんさん、ワシのイケボ忘れたんかいな!」「えっ?何?誰?」
私は辺りを見回した。恥骨のあたりが急に重くなった。あっ。
「私の名前ですか?……ワタルと申しやす!」
「……ワタルー!」─── 一年ぶりの再会。もうどこへも行かないでね。
ワタル、ワタル。私はワタルを抱きしめて頬ずりした。
完
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