第56話 部長、萌え萌えキュンキュン(=^ェ^=)

「ブッ、部長大丈夫ですか?どうしたんですか?」

 

 私はうずくまる部長のそばに駆け寄った。何か思い出したのかもしれない。課長達、ワタル達も部長を見守る。「妖精販売計画」を思い出されたら大変だ。


「どうしたんだね?」会長が部長の異変に気がつき近づくが、自分の姿を見て声を上げた。

「なぜ私はこんな黒いジャージを着ているのかね、私だけじゃない。部長も、社長もハルク君まで!どうりで寒かったはずだ!」


 今まで気がつかなかった事に驚くが、ベビーカケルがそうしたに違いない。ピンチだ。視力が開いた!きっとモヤが晴れたように、小さいオジさん族も見えてしまうかもしれない。そして全てを思い出す。ヤバい。


「……シゲルさん、なんとかして。今なら間に合うから記憶を!」


 私はあゆみちゃんに抱かれているシゲルさんに向かって叫んだ。


「了解です。やってみます。みんな目を閉じて下さい!」


 シゲルさんがそう言った途端、辺りが青い光に包まれた。



───部長がこめかみを押さえながらすくっと立ち上がり、自分の席に着く。


「……やった!成功したんだね」シンヤがマサルとハイタッチ。


 会長も社長も何事もなかったように席に着く。こちらも成功。私は恐る恐る部長にというワードを言ってみた。ワタル、ワタル、ワタルのハゲ。


「……ミナ君、私の名前を連呼して何か用ですか?」部長はすましている。大丈夫だ。ワタルと聞いても自分の名前だと思っている。安心。


「部長、ワタル部長、ちーがーうだろっ、このハゲ〜!」シンヤが耳元で囁く。


 一瞬、部長は黙ったが「いじめないで」と腰をくねくねさせた。気持ち悪いよ、なんか人格が変わってしまったようだ。あゆみちゃんが面白がる。


「部長、コーヒーもう一杯いかがですか?……はい、真似したら入れてあげます。『萌え萌えキュンキュン』どうぞ!」


「萌え萌えキュンキュン」部長が言う。さらに腰くねくね。

「萌え萌えキュンキュンニャアニャア」あゆみちゃん、猫ちゃんの真似で言う。


「萌え萌えキュンニャア、あっ、キュンキュンニャア、あっ、間違えちゃった。僕ったら、やり直し。萌え萌えキュンキュン、だめだ、テヘペロ」部長舌出す。


 あゆみちゃんは部長だけでなく、社長と会長、ハルクにも声をかける。

「萌え萌えキュンキュンニャアニャア!はい、会長さんも」会長は覚えが良くて一発マスター。手で耳まで作ってレベルも高い。行った事あるでしょ!


 黒ジャージのオジさん四人が横一列になって萌え出した。怖い。人格崩壊。


「何、何なのよ!シゲルさん何したの?素に戻しなさいよ!」仁美先輩のマジギレ。シゲルさんがまた青い光を放つと、部長達は大人しく席に着いた。


「うん、えっとミナ君、君まだプレゼンの途中でしたね、さらに新作のアピールポイントを教えて下さい」


 変わりすぎだろ、部長。私は呆れたが、すごく安心した。本当に記憶がなくなっているんだ。これで思う存分『君のHに首ったけ!』をアピール出来る。


「部長、私、この商品のイメージソングも考えてきました。歌詞は資料の七ページをご覧ください。ボカロの替え歌です。カラオケの得意な課長が歌ってくれます。聴いて下さい!」私はスマホから音楽を流す。課長はノリノリで歌い始めた。



♫♪子どもに嫌われている♫ちゃんとつけてねversion。.:*☆


なんて言うなよ!」「諦めないでよ!」

そんな事が正しいなんて馬鹿げてるよな

実際自分は出来てもよくて それでも出来たら悲しくて

「それが嫌だから」っていうエゴなんです!


子どもが出来てもどうでもよくて やたら堕ろすのもファッションで

それでも「平和に生きよう」なんて 悲しい事でしょう!


僕らは胎児こどもに嫌われている 価値観もエゴも押し付けてー

矛盾を必死に抱えて生きて 殺して 足掻いて 悩んで 悔やんで (だから)


つけて!つけて!つけて!つけて!つけろ!  ♫♪♪♪



 課長は完全熱唱で息を切らせている。課長、お疲れ様でした。私も満足だ。


「……はい、いい曲でしたね。しかしオリジナルソングじゃないので残念ですが流せませんね。アイデアは良かったです。……企画部の諸君、商品化に向けてどの企画にするか会長と社長と話し合ってきますね。ここで一時間の休憩です。また一時間後に!」


 部長はそう言って会長と社長と会議室を出て行った。


「やったー!シゲルさんグッジョブ」シンヤ君が親指を立てたのを合図に、私たちは歓喜に包まれた。部長たちは妖精を見る能力もなくなっている。


「ワタル、良かったね。もうあんた達売られる事はないのよ。ベビーカケルもよかっ、あっ、あれカケルはどこ?」


 そういえばさっきから静かだ。お昼寝の時間かな。


「ワタル、あんたでしょ、早く出してあげなさい。窒息するよ!」

「何ですかね、この毛虫みたいな生き物、はてさて見た事がない生物でございます」


ゴムに詰め込まれたベビーカケルを……黒執事ハルクがつまんでいた。

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