第55話 ワタル?何か思い出しそうだ!
───よく寝てた。大事な会議の途中で眠ってしまうとは、なんたる事だ。
私は会長と社長にバレないように小さなあくびをした。確か企画部五人の新作商品会議に出席していたはずだ。我が社にとって最も大事な会議だ。気合が足りんと会長に怒られるのは避けたい。
「……ハルク君、悪いがみんなにコーヒーを入れてくれないか。あと室温上げてくれ。頼む。……会長、社長、少し寒いですよね」
眠気覚ましが必要だ。体のあちこちが痛い。暖房は適温に設定したのになんだか冷える。隣の席で社長も震えている。耳が赤くなっている。猫にでも噛まれたのだろうか。
「課長、すまないが資料のどこまで進んでいますか?」頭もボーっとしている。
「はい、お手元の資料の二ページです。スポンサー様のお名前を読み上げておりました。今年は四社増えております。ありがたい事です」
課長はいつもより笑顔だ。何かいい事があったのだろうか。
「スポンサーが決まっているなら資金面は安心ですね。……では早速、各個人の企画発表をしてもらいましょう。一番最初はシンヤ君からお願いします」
会長と社長の前だ。一番緊張しないシンヤ君を指名した。
「……おっ、俺、いや私からですね。では資料の三ページをお開き下さい。えっと、私のアイデア商品は『MIXバーでド根性』と『シナイで起こして!』の二作です。そこにも説明がありますように、目覚まし時計にオモチャ要素を取り入れました」
「……おお、剣道防具の胴の部分が時計になっているんですね」
「はい。そしてセットした時間になると竹刀で頭を打って起こします。また胴を取り替えると形稽古をしたり、二体あれば試合もするオモチャです」
まあ、人型時計としては面白い試みだが需要は限られるだろう。シンヤ君らしい。
「では課長お願いします」
「はい、『敬語使えるっす!』です。いわゆる電子辞書の敬語版ですね。ある言葉の基本形を入力すれば尊敬語、謙譲語、丁寧語に変換してくれるんです。七三分けのイケメン先生の人形が答えるようにしました」
「……簡単に言うと敬語を話す人形ですね。では次、あゆみちゃんどうぞ」
あゆみちゃんはふふと笑って【丼 Less rice 】とホワイトボードに書いた。
「……横文字ですか、うーん、ハッシュ、ハッシュタグレスライス?」最近の若い子は商品名にまでハッシュタグを入れるのか、感性が私とは違う。
「ふふ、ふふふ、部長引っかかって、あゆみ嬉しい。あのね。これはね、
誰に?あゆみちゃんは資料四ページ目の絵を見せてきた。ある俳優にそっくりな背広を着た人形。1日の食事を打ち込み、カロリーオーバーすると、優しく叱り、しないと褒めてくれるらしい。
「女の子は褒められてキレイになるんです、ふふ、ふふふ」あゆみちゃんらしい。
「……では我が社期待の星。仁美君は今年はどんなのかね?」
「はい、『お局のツボ』です。部長、社長、そして会長聞いて下さい!私気がついたんです。オモチャは子供だけの物ではないんです。大人にも、そう私のようなもうすぐ50代の者でも楽しめたらいいなと思います」
仁美君は気合いが入っているねと会長が前のめりになった。
「これからの世の中、精神の癒しも必要です。文字通り、身体のツボを押してくれる人形です。マッサージしながら心の
「……アイデアはいいですね。しかし偶然ですね、みんな今年は人形がベースなんですね」会長が首を捻る。私もその事には気がついていた。ミナ君は?
「……部長、私の企画を発表する前に一つ確認してもいいですか?シンヤ君も課長も仁美先輩もあゆみちゃんも、みんな小さいオジさん型の人形がオモチャになっています。ここから何か思い出す事はないのですか?」
「……ない」何を唐突に言い出すんだろう。ミナ君はみんなに向かってガッツポーズをした。
課長も仁美君も空気にハイタッチをしている。シンヤ君は頭をやたら撫で、あゆみちゃんは空中に向かってキス?みんな奇妙な喜び方だ。人間何かを生み出す事に集中すると頭がおかしくなるのだろうか?私は滑稽な五人を不審に思った。
「……人形で何か思い出さなければいけなかったのですか?ミナ君」
「いえ、いえいえ。わっ、私も一つアイデアがあります。あのですね、私は『君のHに首ったけ!」です。キャッチコピーは「ちゃんとつけてね」です」
「……ミナ君、何を言っているのか詳しく説明してください!」
社長が半分呆れて説明を求めた。もはやオモチャではないアイデアだ。
「あっ、あのですね、性行為の若年齢化に伴い望まない妊娠が増えているそうです。今年は特に流行病で自宅待機をしていた期間があって、中高生の妊娠相談が増えて……そこで女性だけが傷つくのは私解せません。ですからこの絵にあるように、バーコード頭のオヤジ人形に監督させます」
「ハハ、ハハハ、面白い。父親と同じ存在に監視させ良心に訴えるのかね。今どきの子どもに通用するかな?」社長が笑った。私も同感だ。
「少なくても私は第三者の声が聞こえて、感情に流されずに済みました。ワタルがあの時、声をかけてくれたおかげで……ワタルのような存在がひつ……よ」
「ワ、ワタル?……うー頭が痛い。聞いた事がある名前だ!誰だ?どこかで聞いた名前、何か大事な事を忘れていたような気が、う、痛い何か思い出しそうだ!」
私はワタルと聞いた瞬間、頭痛がした。
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