七色のジャージ

第53話 次の長老に冠を与える!

───オギャー!オギャー!オッオッオギャー!


「何?何なのよ!どこかで赤子の声がするわ。みんな探して!」


 会議室に響き渡る低い泣き声に仁美が反応した。


「仁美さん、あそこから聞こえます」井上課長が机の下を指さす。


「カケルジイ様、何というお姿に!「……カケル長老が赤子になってしまいました」「……僕のせいで、カケル長老がー!」


 ワタル、ミツル、シゲルが口々に叫んでいる。一体何があった?


「ワタルたち、ちょっとどきなさい!」


 私はワタルたちが取り囲んでいる布切れを拾い上げた。5センチほどのその物体はふんどしに包まれた赤ん坊だった。


「ギャ、これってもしかしてカケル長老なの?うそ?」


 カケル長老の顔のままブッサイクに泣いている。げっ、いらない。


「ミナ君、これで包んであげてください」課長がカシミアのマフラーを差し出す。


「あんがとさん。あっち、カケルでやんちゅ。バブバブ」


 キモいよ、カケル。私は赤ちゃん言葉で話すカケル長老にドン引きする。


「ふふ、ふふふ。あゆみ、赤ちゃん大好き」あゆみちゃん、おかしいでしょ。


「……カケルジイ様、なぜこのようなお姿に?」珍しくワタルが動揺している。そうよね、自分の祖父がベビーになったら焦るよね。


「……あっち、バブバブ、キオクソウサちて、バブバブ」


 めんどくさっ。誰か説明しなさいよ!それより黒ジャージのビッグGはどうなったのよ!カケル長老は彼らの記憶を消した筈だ


「会長も社長も、部長も眠ってる!……マサル、こいつら叩いてみ」


 マサルはシンヤに言われた通り、竹刀で部長の頭をペシペシするが全く起きない。深い眠りに入っているようだ。


「……ミナさん、そしてみんな聞いて下さい。カケル長老はシゲルさんに授けたと言う技を先程使いました。小さいオジさん族の掟を破ったんです。一度誰かに授けたものを行うとき、罰としてその者は赤子になります」


 ドクターサトルが私たちに丁寧に説明をしてくれた。


「そっか、長老は自分が赤子になる事を覚悟して、俺たちがクビにならないように技を使ったんだ!掟を破ってまで、感謝するよ、長老サンクス」


 シンヤが長老に向かってグッジョブと親指を立てた。まあそうね。ありがたいけど、なんか不便じゃないの?奥さんがいるって言ってたよね。


「……ウウ、カケルジイ様、わしはどうすればいいんでっか?」


 ワタルが泣き出した。えっ?私とのお別れタイムじゃ泣かなかったよね。

それほど大変な事をしてくれたんだね、このジイさん。


「バブバブ、ワタルよ、ワタル。こっち。こっち」


 カケルジイ様、ちがうカケルベビー、ややこしいなぁ、カケル長老がワタルを呼んでいる。耳を近づけるワタルにバブバブ言っている。


「……ジイ様、何で、何でです?わし、そん事怖くてよう言えまへん」


 ワタルが大きく首を横に振り、怯えている。

 

 何て言ったの?ねえワタル、私たちに教えなさいよ。私たちの生活のためにこのジイさん赤ちゃんになったんだから。私たちに出来ることあれば何でもするから。


「……あっ、あゆみちゃんの母乳が欲しくて、ミナにはオムツ替えして……痛っ……だから言いたくありまへんってゆうたんです」


 シンヤが俺のあゆみちゃんになんて事を!とワタルの頭を叩いた。


「オギャー!オギャー!いたい、シゲル、いたい、バブバブ」


 カケル長老の頭をシゲルさんが叩きギャン泣き。うるさいよ!てか、シゲルさんキャラ違うから。水谷スマイルが壊れていく。


「……みなさん、お静かに。もうすぐ妖精の神様が来られるはずです。カケル長老が赤子になった今、小さいオジさん族に新たな長老が誕生します。決めるのは神様です。その者には冠が授けられます」


 ミツルさんがみんなに正座するよう言った。なんかとんでもない事になってませんか?会長たちはピクリとも動かない。もしこの戴冠式が長びいたら、残業代つけてくれるのか不安になる。


───ヨーレヒヨ〜レヒヨーレヒホーヨーレヒホーヨー


 昼間なのに当たりが七色に輝いた。変な甲高い歌声と共にこれまた変なオヤジ、もとい神様らしき者が現れた。


「皆のもの、頭を下げ〜い!」あっ、下げるんですね、了解。


 私たちは正座のまま、頭を下げる。ワタルたちも正座して同じように頭を下げたままだ。この長い髭ズラの汚ったないオジさん、もとい神様って偉いんですね。妖精の神様って何?ややこしくてめんどくさ。


「……おお、皆のもの、頭を上げ〜い」上げるんですね、了解。


「……まずはカケルよ、そこで丸裸で泣いているカケルよ!このたびはご苦労であった。小さいオジさん族の掟を破ったとはいえ、天晴れな働きであった。誉めてつかわす。ワタル、ミツル、シゲル、マサル、サトル、よく聞け、お前たちのおさは忠実で従順な妖精じゃ。ゆえに人間にいいように利用されそうになったが、自ら犠牲となり、お前たちへの愛を示した。そのような指導者に恵まれた事を、誇りに思いなさい!」


 話が重いし長い。トイレ行きたくなちゃった。床の上は冷えるんですけど。


「……そこのおなご、ミナと言ったかな。ワタルが世話になり感謝つかまつりそうろう。そしてシンヤ、課長、あゆみ、仁美も感謝つかまつりそうろう」


「……ふふ、ふふふ、ソウロウだって」「あゆみちゃん、シッ」シンヤが叱る。


「……ん、んん、では次の長老に冠を与える!」


 私は次期長老はシゲルさんだと確信している。たとえカケルの直系でもワタルには荷が重いだろう。そんな器でもないし。変態だし、下品だし。バーコード。


「……何で!何でよ!ドクターサトルが一番ふさわしいと思います。その頭に冠は似合いません」


 神様が冠を被せたとたん、仁美先輩が叫んだ。


 





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