第20話 俺はアキラの恋人だ!
日曜日、強引に誘ったにもかかわらず、アキラは休みをとって俺のアパートに来てくれた。
「いいの? 本当にシンちゃん遊園地連れて行ってくれるの? 嬉しい!」
アキラは子供のようにその場で小さく二度跳ねた。ショートボブにサングラスをかけ、黒のジャケットに赤いミニスカートのアキラはどこから見ても女性だ。
「ちょっと遊園地には派手かしら。シンちゃんカジュアルだから合わないかな。でもいいわ、いいわよね。赤と黒って気合が入るの!」
アキラは助手席に座って独り言を言う。
『オレも赤で決めてるぜ!』
後部座席にいるマサルがドヤる。アキラが持参したクーラーボックスに座って何か食べている。
「アキラ、何か持ってきてくれたの?」
「サンドイッチよ」
マサルが勝手に開けて食べていた物はサンドイッチか。油断も隙もあったもんじゃない。まあ、マサルのおかげで思い切ってアキラとの約束を果たせるんだから仕方ないか。
───かかと落としをした後、俺は道場を破門された。小学生には厳しすぎる処分だが、それが和道流のおきてだ。空手の技をケンカに使うとは何事だ! と父親からも怒鳴られた。
姉ちゃんにいじめられ泣いて始めた空手だ。強くなりたかった。精神を鍛えるはずの空手道がいつのまにか、俺の虚栄心を育み、虚勢を張るアイテムになった。
「六年四組のシンヤにはたてつかない方がいい。あいつ空手やってるんだってよ。ケンカも強いらしい」
一度もケンカしたことなどないのに、噂が広まり、廊下を歩くだけでいじめっ子が道をあける。
マサヤだけはそんな俺を睨んでいた気がする。いつも子分のようにアキラがついて来た。マサヤがそれを見て嘲笑っているような気もした。
「やっぱり日曜日は混んでるわね。休みとって正解。これじゃお店開けるまでに間に合わなかったもの」
遊園地まであと一キロという所から渋滞している。
「シンちゃん、小腹が空かない? サンドイッチ食べる?」
アキラは腕を伸ばしてクーラーボックスを取り、蓋を開けた。
「あら、さっきのカーブで傾げちゃったみたい。グジャってなってる」
アキラごめん。たぶんマサルが無理矢理出して、適当に残りのサンドイッチをグジャとしたのかも。マサルはそんなことお構いなしに横になって寝ている。
「……アキラ、その傷、まだ残ってるんだな。ごめん」
ジャケットを脱いだアキラの腕の傷が目に入った。花瓶が割れて刺さったガラスの傷ではない。
───俺は中学生になると、少しやんちゃになった。空手はとっくに辞めていたし、部活も陸上部に名前だけあるような幽霊部員だった。黒帯を取って、二段、三段を目指すという目標もなかったし、学校が終われば家でゲームをする事くらいしか、やる事がない。
アキラも空手を辞めて、中学は卓球部に入った気がする。テスト週間で早く帰る日、俺はゲームセンターで時間を潰す。暇な高校生もいた。
なぜか喧嘩をふっかけられ、体当たりされた。顔面を殴る。鼻血が出て、ゲームセンターにいた連中が笑った。みんなに笑われた事に怒った高校生が、プリクラを撮る場所へ走ったかと思うと、すぐに戻ってきた。
「鼻血が出た顔を撮ったの? 趣味悪いですね、先輩」茶化す俺。
「んなわけあるか! 兼子シンヤ、お前だけは許さん!」
運がいいのか悪いのか、同じ中学の先輩だった。そういえば先輩からタバコ貰って返すの忘れていた。そんな事で許さんて言われてもね。
「オリャア〜」えっ、今時珍しい掛け声を上げて先輩が向かってくる。手に何か持ってるね。先輩、それってハサミじゃないの? 弱い奴ほどよく吠えて、武器に頼るんだよな。
「先輩、俺、この頃ムシャクシャしてるんですよ。もう一発殴っていいですか?」
俺は拳を握り構えた。どこからでもかかって来い!
先輩もムシャクシャしてるのか、ハサミを鷲掴みにして刃先を俺に向けている。
「シンヤ〜、許さん!」
振り上げて下ろす瞬間を狙って回し蹴りをお見舞いした。したはずだったが、蹴りは別の奴の腹に入った。
アキラがその場に倒れている。しかも腕から血を流して。先輩の振り下ろしたハサミの先があったったらしい。
「シンちゃん喧嘩はダメだよ!」
「アキラ、また邪魔しやがって!」
アキラはその時も俺を制した。
「もう、分かった。喧嘩しないから」
本当にその日を境に俺は誰の挑発にも乗らなかった。有り余る体力を陸上部で発散する。アキラは俺を健全な中学生に変えてくれた。アキラのおかげでタバコも辞めたし、喧嘩も一切しなかった。アキラは命の恩人だ───
「シンちゃん、前の車が動いたわよ、もうすぐね、嬉しい」
今日はとことんアキラに付き合ってやる。今日、俺はアキラの恋人だ。恋人になる事で今までの罪を償いたいと思った。
アキラが望むなら、あゆみちゃんには悪いけど……全てを捧げる覚悟もある。
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